「高校再編と離島の戦略」ちょうど一年前、南日本新聞に掲載された「マイノリティの視線を」には、<薩摩>が<奄美>に強いた二重の疎外とその隠蔽を自らの思想に繰り込むとはどういうことなのかが具体的に提示してあって嬉しかった。ことに、鹿児島本土出身の方から生まれた言葉としてはかつてないものだと感じた。
その書き手、山之内勉さんが、南日本新聞に「高校再編と離島の戦略」という記事を投稿している。テーマは、与論島にとって切実な与論高校存続の問題についてだ。
高校存続問題とは、地域の歴史を守る戦いであるとして、山之内さんは高校存続運動の思想を挙げている。
1.「与論高校存続運動は、未来の歴史をめぐる攻防である」
山之内さんは廃校後を睨んだ条件闘争として、「島外へ進学する際の一般入試の免除、奨学金制度の創設、帰省旅費の支給等」を最低ラインとして挙げる。面白いのは次のアイデアで、「与論高校の『分校』を県内に展開させる」というのだ。たとえば、鹿児島工業校内に「与論高校・電子機械科分校」を置くというのである。
ぼくが面白いと思うのは、このアイデア自体もさることながら、この根拠に、与論の島人の口之津、三池、満州、旧田代町への移住の努力の歴史を挙げていることだ。「各地にできた『与論村』は、その地の経済・文化に大きく寄与し、与論島民が島外で飛躍する新拠点となったのである」と、与論の島人の実績から導いているのだ。
2.「与論高校存続運動は、過去の歴史をめぐる攻防である」
与論高校の廃校は、県が設置したものを県が引き揚げる。「そう単純な話ではない」として、山之内さんは書いている。
薩摩藩に「黒糖」を奪われ、米軍統治下で「日本国民の権利」を奪われ、標準語を奨励する教師に「方言」を奪われた与論島民にとって、与論高校の廃校は、それら離島抑圧の歴史に連なる「人材育成機能」の収奪劇であり、本土の「原罪」性を示す事件なのである。 「人にかけた情けは水に流し、人から受けた情けは石に刻め」という与論の俚諺は美しい。だが、与論島民は歴史的に、本土に大きな「貸し」があることを忘れる必要はない。(「南日本新聞」)こう言ってもらうと、与論の人は恐縮して、ついで、そんなことを言って大丈夫かと心配する気がするが、ぼくは今回も山之内さんの理解と愛情に基づく言葉に驚いた。それと同時に、<薩摩>と<奄美>の民衆の和解と理解は難しくないと励まされる。
「貸し」は返してもら
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