ふるさと納税は県のものではない

 「ふるさと納税」について南海日々新聞に投書したのですが、その一部が昨日の記事に引用されました(群島れぽーと」)。引用以外の部分を明示するため、ぼくの投書の全文を挙げておきます。

◇◆◇

 ふるさと納税について、鹿児島県は「窓口を一本化」し、「寄付先の市町村が特定されている場合は当該自治体に六割を分配し、県が四割を受け取る」という報道があり、驚いた。わたしは与論島出身なので、与論町にふるさと納税を使いたいと思ってきた。ところがこの方針によると、四割は県で六割が与論町に分配されることになる。驚かないわけにいかない。なぜ、ここで県が出てくるのだろう。わたしの場合、四割「県」ならばふるさと納税を使う気持ちはゼロになる。わたしの意思の行き先は与論町であって県ではない。

 ところで約二週間後の報道で、わたしが与論町に寄付したい場合、県に分配する必要はないという当然のことを知った。しかしそこには、「寄付する側が特定の市町村への納税を希望する場合に限り、県の窓口を通さず各自治体が手続きをすることも確認した」とあり、ますます疑問は膨らむ。ふるさと納税の主旨に照らせばこれは逆でなければならない。寄付する側が市町村か県を指定するのが「原則」であり、協議会の方式でやってほしいという希望者が出た場合に「限り」、これに則るのがことの順番である。個人の意思に任せた制度に対し、県がかぶさってくるのは余計なことだ。

 さらに、「市町村が独自に寄付金を広く募集することについては、『協議会の和を乱すような取り組み』と自粛を求めた」というが、「自粛を求める」などお門違いも甚だしい。自粛をしなければならないのはこの場合、「県」の方である。各市町村がそれぞれの工夫でふるさと納税への取り組みを公表し賛同者を募るのが本来である。県はその市町村を支援するならともかく、窓口一本化の名目のもとに、まず「県」を通せというのは倒錯している。県への権限集中、県の窓口化が地方分権ではない。

 現行の「ふるさと納税」は、「ふるさと」への個人の想いに依存し、かつその範囲も住民税の一割という限定を加えられた「弱い」制度であり、市町村の行政にとって根本的な解決をもたらさない。だが、個人の意思を反映できるその一点で、「ふるさと」を離れあるいは想いを寄せる者にとって活路となる制度であることに変わりはない。むしろそれこそが生命線である。県がコントロールしようとしたが最後、この納税方式は無効化する。県が個人の気持ちにつけ込んでしゃしゃり出てよい理由など、どこにもないのである。

 わたしの関わりで言えば、与論町が協議会に加入するのは反対である。県紙は「与論町も『町単独よりも広くアピールできる』とおおむね歓迎の意向だ」と伝えるが、各市町

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16.奄美考
2008/06/11



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