与論論への接近 2007

イノー・ブルーとピシ・ブラウン

 ぼくは、礁湖の蒼(イノー・ブルー)を根拠に、与論論を構想してきた。

 ※ イノー・ブルー
 
 イノー・ブルーこそは、与論を与論たらしめている。それは色としてみたとき、五色の与論として展開することができる。この五色の中間ににイノーは位置する。そのイノーの魅力は、海であり陸であるという二重性に求められる(「イノーは海、イノーは島」)。こんな着想だ。

 ところが、高梨修の『奄美諸島史の憂鬱』(「今年はシュク(アイゴ稚魚)が接岸しますように!」)で松山光秀の『徳之島の民俗』を知り、イノー・ブルー論に先行した問題意識があるのを知った。ぼくが珊瑚礁を礁湖という海として捉えるところ、松山は干瀬として捉えていた(「干瀬のある風景・徳之島」)。珊瑚礁をイノー・ブルーと捉えるのは、珊瑚礁を「海」よりに理解することであり、「陸」よりに受け止めれば、干瀬(ピシ)になる。そこで、珊瑚礁の二重性は、イノー・ブルーとピシ・ブラウンとして明示する必要があるのだと思った。ぼくは、松山光秀のコーラル文化圏を受けて、その延長にイノー・ブルーとピシ・ブラウンとしての与論論を展開したいと思っている。
 

境界を消す力

 海と陸の中間に、イノー(礁湖)でありピシ(干瀬)を見、それを根拠にしようとするのは、ぼくが与論の力を境界を消す力と捉えているからだ。海の終わるところ陸が始まるのではない。海は直接、陸に接地するのではない。海は、礁湖と干瀬としての緩衝地帯を経て陸に接する。その陸も、砂と地という段階を経て、

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1.与論島クオリア
2007/12/30



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