琉球への接近 2007

身体感覚としての琉球弧

 野本三吉の『海と島の思想』 を辿ったことで、琉球弧を身体感覚でつかむことができた。身体感覚というのは、地図でつかめる琉球弧ではなく、たとえば、与論島には那覇から飛行機40分くらいで行けるとか、慶良間諸島の前島は、無人になっていたが、2003年から帰郷した夫婦が住んでいて、島には那覇からフェリーで向かうとか、そういった、実際にどうやったら行けるのか、どんな距離感覚にあるのか、といった体感的な情報を得られたということだ。

 おかげで琉球弧の沖縄島周辺は、架橋により離島が減少し、沖縄島は衛星島と連結して都心性を高めているのが分かった。島が消えてゆくことは、もちろん島としての琉球弧らしさが無くなることを意味している。

 ただ、もともと今年出版された『海と島の思想』には、琉球弧の最新の基層理解を求めたのだが、表層に止まっているのが残念だった。付け加えると、同じ琉球弧のことといっても、奄美に対しては記述の熱が下がっているように感じられることも。


沖縄と奄美

 この点、よしもとばななの『なんくるなく、ない』も、サブタイトルに「沖縄(ちょっとだけ奄美)」とあるように、奄美の付録感が、露骨に出ていた。ただ、『なんくるなく、ない』には、日常感覚のなかで基層を感受し表現しており、琉球弧の気持ちを代弁していて嬉しかった。たとえば、岡本太郎の『沖縄文化論―忘れ

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2.与論・琉球弧を見つめて
2007/12/28



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