奄美の紹介文を更新する 奄美諸島は、二重構造の国家境界領域である。
琉球世界からも大和世界からも周辺地域として位置づけられている。
奄美諸島の考古資料は、評価不定の存在として宙に浮いている。
島尾敏雄は、「奄美の人々は、長いあいだ自分たちの島が
値打ちのない島だと思いこむことになれてきた。
本土から軽んじられると、だまってそれを受けてきた。
しかしほんとうは沖縄といっしょにこの琉球弧の島々が、
日本の歴史に重要な刺激を運びこむ道筋であったことを、
もっと深く検討してみなければならないのではないかと思う。
明治維新は日本の近代的方向を決定した。
その重要な歴史の曲りかどで、薩摩藩が演じた役割が
どんなに大きなものであったかをわれわれ日本人はだれも疑わない。
しかし藩の経済を支えていたものが、
奄美が島々を挙げてゆがんだ砂糖島にさせられた
犠牲の上に立っていることを知る者は少ない
(もちろん琉球王国との密貿易の役割を考えた上で)。
信じられないことだが、このあとさきの歴史的研究に対して
奄美はいまだ処女地だということは、
やはり、いままで本土から奄美がどう扱われてきたかを
象徴的に示すものだと思う」(「奄美-日本の南島」)
と述べているが、
この島尾敏雄の指摘から四〇年近く経過しているにもかかわらず、
奄美諸島の考古学研究はいまだに端緒的研究段階に
置かれているのである。
(『ヤコウガイの考古学』高梨修
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