マイノリティーの視線を

「マイノリティーの視線を」。

これは、「もうひとつの郷土史」と題した、
与論高校教諭、山之内勉さんが
南日本新聞に書いているコラムにあったキャッチだ。
鹿児島の親友が送ってくれて読むことができた。

ぼくは、このコラムを読んで、
薩摩思想による奄美理解の折り返し地点ということを思った。

「翔ぶが如く」、「篤姫」でみる武家社会の人々は
メディアへ登場する機会も多い。
しかし、与論で暮らしていると、
そのような武家社会主体の「郷土史」を
思い出すことはめったにない、という。

 そのかわり、延々と続くサトウキビ畑から想起されるのは、
 黒糖と民衆の歴史である。
 調所広郷の天保の改革に代表される
 薩摩藩のすさまじい黒糖収奪は、
 「黒糖地獄」と呼ばれるほど奄美群島の住民生活を圧迫し、
 住民の食糧供給に欠かせない稲作地まで
 キビ畑への転換を余儀なくされたと伝えられる。

 それでも奄美群島の人々はしぶとく、
 たくましく、誇り高く、
 今日まで連綿と命をつないできたのである。

こう前置きして山之内さんは書き出している。

 与論の風土は、郷土史の主役が
 島津氏や西郷、大久保だけではないことを教えてくれる。

これは、口を開けば、西郷、大久保一辺倒なのに
閉口してきた立場から言えば、逆像としてよく分かる。

ただ、ぼくは郷土史の主役は、
「島津氏や西郷、大久保だけではない」、ではなく、
島津氏や西郷、大久保ではない、と思っている。

郷土史の主役は、名も無き与論や奄美や薩摩の
民衆であるに違いないからだ。

 「カゴシマからきた先生はおれらを見下している・・・」。
 指導の行き詰まりの果てに、生徒からそう言われることがあるが、

ぼくは、こうした悪態を生徒が口にでき、
また先生もエピソードとして公開できる状況を歓迎したいと思う。

 ○ ○ ○

山之内さんはこう、続ける。

 「郷土史」、さらに「歴史」を考える場合、
 例えば与論のような政治・経済・社会・地理上の周縁部からの
 鋭い視線を内包化させ、
 歴史の重層構造を複眼思考で立体的にとらえることは
 極めて重要である。
 
 歴史に関与するさまざまな立場の
 人間への公平かつ多元的な目配り

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16.奄美考
2007/07/10



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