慢性疲労症候群:質問に答える(その4)

今日は前回の続きです。

* * * * *
 その後紆余曲折を経た私は、徐々に気力・体力を取り戻し、何かと忙しい旅行業界に復帰しています。

 一緒に仕事をしていた人に「アナタの体力にはついていけない」と、お褒めの言葉を頂戴するほどまでに回復しました。
 最後はイギリスにまで修士号を取りに行ってます。

 もっとも、イギリスにまで行ったのはちとやり過ぎだったようで、その反動で今また疲れがドッと来ているのですけれど・・・ははは。

 どうやって徐々に気力を取り戻していったのか。
 それを一言で説明するのは難しいのです。が、決定的なターニング・ポイントとなったのは、
「誰だって年齢を重ねれば、病気のひとつやふたつはでてくるものだ」
 と開き直ることができた時でしょう。
 言い換えると、次のように考えることができるようになったからだと思います。
「病気を抱えているというのは決してウエルカムな状況ではないのだけれど、誰だってその人なりの問題を抱えて日々戦っているのだから・・・」と。
 こう開き直って、自分なりの戦い方を工夫するようになったことが、やはり大きかったと思います。

 このように、病気になった自分を受け入れるようになるまでには、自分の中での葛藤がそれはもちろんありました。

 当時はCFSという病気について今ほど研究も進んでいませんでしたし、インターネットも普及していませんでした。
 そのため、独力でCFSについての情報を得るのが難しく、周囲にCFSを理解してくれる人も少なく、同じ悩みを分かち合える人もいませんでした。
 いつ和らぐようになるのか見通しが全くたたない中で、他人にはなかなか分かってもらえないつらい症状と独り向き合うのは、私にとって相当しんどいことでした。

 また経済的に、現実を悠長に受け入れていられない事情もありました。再就職できない状況下で当座どうやってお金を得ていくか、やはりこれは最大の問題でしたから・・・。

 病気と経済的な問題を解決していくだけでもシンドイのに、さらにその頃の私は、明らかに私の処理能力を超えたあれやこれやの事情を抱えていました。
 最悪なスパイラルこそ脱したものの、自分の処理能力が衰えている最中に、早急に解決しなければならない問題が山積み・・・・・・。何から手をつけていいのかさっぱり検討もつきません。

 そういう状況でしたので、人生観を考えるなどと、哲学的思想にふける余裕などなかったのです。

 でも、ある日、ふと気がつきました。

 大

(1/2) 次»

お疲れ気味のはぎ隊長 | 心と体 | 日記・コラム・つぶやき
2005/11/13



コメント(4)|コメントを書く

カテゴリー一覧
最近のコメント
プロフィール

このブログを友達に教える

コミュニティ | 有名人・芸能人ブログ | ケータイ占い | ケータイ小説 | 掲示板


画面TOP↑


powered by cocolog