「京教大集団強姦事件」警察と検察は正しかったのか京都教育大学の学生による集団準強姦事件は、不自然とも思える形で一応の決着を見たが、世の中の関心はなお続いているらしく、当サイトの関連記事にも日々コンスタントにアクセスがある。
当ブログでは当初から大学側の対応は概ね妥当だったと主張していたが、ネットの世界では少数意見である。
実はこの記事をエントリーした際に、かなりの批判が寄せられることを覚悟していたが、アクセス数の多さに比べ、批判のコメントは僅かだったのはむしろ予想外だった。
先日、この記事にコメントが寄せられ、それに対するレスという意味を含めて、この事件の再論をしたいと思う。
ネットの主張の多くは、一部の加害者擁護論を除けば、学生6人が逮捕された際のマスコミの報道(つまり警察発表)内容が100%正しいことを前提としている。
次いで、批判の矛先の大部分は京都教育大学側の事件への対応に向けられているという特徴がある。
しかし私は、もしマスコミの報道が正しいとするならば、批判されるべきは警察と検察の捜査機関ではないかと考える。
(1)京都府警の捜査
被害者の家族が警察に被害を通報してから容疑者の逮捕までに、なぜ2ヶ月間もかかったのだろうか。
それに対して大学側は、家族からの訴えがあって1週間後には処分を決めている。この警察の捜査の遅れこそ問題にすべきではなかろうか。
今回のような集団による事件では、逮捕が遅れればそれだけ証拠隠滅や口裏合わせが容易となり、加害者側に有利な情報の流布や被害者への圧力も可能になる。
場合によっては容疑者の逃亡や自殺という可能性も出てくるので、身柄拘束は迅速にやらねば意味がない。
しかし不思議なことに、ネットの世界で事件を厳しく糾弾している人たちの多くは、この警察捜査の遅れをあまり問題にしていない。
仮に警察の捜査に問題が無いとするならば、それはこの事件がそう単純なものでは無かったことを認めることになりはすまいか。
(2)京都地検の処分
6月1日 容疑者6人を逮捕。
22日 容疑者全員否認のまま釈放
26日 を不起訴と決定。なお起訴猶予か嫌疑不十分なのかは公表せず。
この京都地検の処分には、多くの人が驚いたと思う。
今まで報道されていた内容と処分の落差が、あまりに大きかったのだ。
集団(準)強姦事件というのは極めて重罪で、しかも親告罪ではない。
取り調べの中で容疑者全員が罪を認め深く謝罪し、再犯の可能性も低いと判断されたのならともかく、容疑者全員が一貫して否認している中で、釈放後に被害者との示談が成立したから不起訴にするとは、あまりに常識外れでは
(1/2) 次»
コメント(10)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
プロフィール
このブログを友達に教える