索道メーカー 安全索道 ~会社の概要

安全索道(株)は、1915(大正4)年10月18日に大阪市で安全索道商会として創立され、索道業界に永く君臨していた名門企業である。

創業後早い時期から三井物産と資本関係にあり、物産が総代理店として営業でも強い結びつきがあったが、2004年度に物産は株を手放し、日本ケーブルのオーナーである大久保家関連の会社が出資する事になった。

2005年3月期の売り上げは29億円で、日本ケーブルと大差がつき、トップ企業の面影はない。ただし、日本ケーブルの売り上げのうち、索道関連がどの程度あるか不明なので、索道業界内でのシェアの差はこの売り上げの比率ほどは開いていないと思われる。

後述するように大阪で創業し、永らく大阪市内に工場もあったが、1975年に滋賀県水口町に滋賀工場を開設し、1977年までに本社及び工場を全面的に滋賀に移転した。大阪から滋賀への移転に際しては、社内で大きな動揺があり、一部人材の逸散なども発生したため、業績へのダメージもあったらしい。これを業界トップから転落した理由の一つにあげる人もいるようだ。

現在、滋賀県水口町の本社・工場の他、長野に支店を、札幌と仙台に営業所を置く。最盛期には東京にも支店を置き、営業所を新潟・松本・名古屋・広島にも持ち、さらに白馬・高山(一時は新井にも)にサービスセンターを置くという体制で、日本ケーブルよりも地方拠点が充実していた。

長い間あった業界トップの座を日本ケーブルに奪われ、バブル期のリゾート開発ブームの時代に差がますます広がったようだが、性能・品質に大きな違いがあったとも思えず、なぜこのような結果になったのか不思議だ。バブル期の大規模リゾート開発には、これまでスキー場業界との結びつきがなかっり、弱かった資本が多く入ってきたために、必要以上に日本ケーブルのトップシェアという地位が評価された結果かもしれない。もしもそうだったとしたら、まるで現在のIT業界のようだ。あるいは、大規模開発に商社が絡む事もあったので、安索が三井物産系である事が不利に働くような事もあったかもしれない。

現在では大差がついてしまったとはいえ、今も二位メーカーであるのは確かであり、過去の実績も多いのでメンテナンスの受注に活路を見出す状況であるようだ。

本業に直接関わる関連会社として、信越索道メンテナンス、安全土木工事を持ち、外注という形態で業務を分担しているようだ。
※安全土木

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安全索道 | 索道基礎知識
2006/08/30



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