女の形より読みやすく、わかりやすく、他者を意識して文に編集を加えるたびに、その言葉は自分から離れていってしまう。だからかも知れない。日々の思考を、第三者にもわかるように整理整頓して、Webに上げることにはそれなりの意義を感じているが、「自分の日記を人に見てもらいたい」という自己顕示欲は、以前より、だいぶ薄れた。
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ある事情があって、僕は生まれ育った土地を遠く離れるハメになった。ひょんなキッカケで、慣れない仕事に就いた。偶然が重なって、責任のある地位にまで上り詰め、思いもかけないことから、大金を手にした。
見たこともないくせに‥‥ある種信頼の念を起こさせる、そんな美しさを持った女と、出会った。すぐに愛し合うようになったが、彼女には、夫がいた。それで僕は生まれ育った土地を遠く追われることになったのだけど、違う。順番は、滅茶苦茶だ。
30の歳を過ぎてから、何年もの間、僕はそのような混乱と、孤独の因果の中にいた。いや、村上龍に言わせれば、まず「混乱」や「孤独」が先にあって、そこに僕の人生が引き寄せられてきた、ということになるのだろうが、同じことだ。僕は、あまりに混乱させられたので、ものごとを深く考えたり、あまりに孤独だったので、生活する自分を注意して観察するようになった。過去の日々を思い出したり、さまざまな解答不能の難題を自分に問いかけてみた。中では、聡明な僕が「ぼく」を裁き、狡猾いぼくが、「僕」を欺く。自分自身と和解することが決してない、内省の苦しみの中で、もとから感じていた、分離、「僕」と「ぼく」との乖離は決定的なものになった。
獄中で減刑を訴えるような、この手記は、そして窒息しそうな雰囲気をだんだんと醸し出すことに見事成功しつつあるが。にしてもこの「手記」には読者がいるのだ。数は少ないけれども‥‥熱心な。それをどう捉えるかだ。どう考えるか。下手に人を楽しませよう、喜ばせよう、などと意識すると、また誰も読まない小説から言葉を盗んでくるハメにもなり「希望に裏切られた顔、悲しみ、美しい顔よ」。ほら混乱よ孤独よ、悲しみよ‥‥あらこんにちは。結局のところ、僕には、それがどんなにありきたりなものになろうとも、心のいちばん深いところから思いを拾い上げてくる他に選択肢はないのだが同時に、それを、そんなナルシスティックな魂の叫びをWebに上げることを、恥じてもいる。
「もともと僕は、たった一日の間でもひとつのことについて異なった意見を持ち、僕の信念が長続きしないことを、すすんで認めていた」
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