嘘つきgenius 幼稚園の時、卒園アルバムに載せるため将来何になりたいかを書かされた。
「はなやさん」
「おかしやさん」
「かんごふさん」
‥‥女の子なら、その辺りが定番か。
男の子なら
「しんかんせんの うんてんしゅ」
「やきゅうせんしゅ」
「うちゅうひこうし」なんてのも、いたな。
その中に混じって、ひとりこんなことを書いた奴がいた。
「ものを考えてつくる人になりたい」
‥‥さくら組のおばあちゃん先生は、文字通り腰を抜かした。この子は天才だと確信したらしい。卒園後も定期的に両親に連絡をとって、僕のことをずっと気にかけていてくれた。何を「つくる」のかはわからないが、小説家か、ミュージシャンか、画家か‥‥僕が何かそういう芸術家になると思ったのだろう。
僕の教育に誰より熱心だったのは先生だった。ピアノを習わせるよう、両親を説得した。「この子は天才だから」と知り合いの画家に頼み込み、僕はアトリエで絵を教えてもらったりもしてた。値の張る画材や外国の絵本をプレゼントしてくれることも日常茶飯‥‥
誇らしい気持ちにならなかったと言えば嘘になるが、それと同時に僕が、奇妙な脱力感と後悔に似た気持ちに包まれていたのも事実だ。中学生になる頃には僕は、「個性」や「才能」「素質」なんて言葉が大嫌いになっていた。そのわりには平気で人を「天才」と形容する僕ではあるが。でもね先生、それは、人間の長所ではありません、褒め言葉じゃ、ないんです‥‥
「つぶしが効かない」と両親は反対したが、美術大学への進学を勧めてくれたのも先生だった。「お子さんは、天才ですから」と。合格発表の日、浪人した天才が真っ先に電話したのは勿論両親ではなかった。合格を誰より喜んでくれたのも、両親ではなかった。
その何ヶ月か後に、先生は亡くなった。
僕は葬式には出なかった。墓参りにも行ったことはない。
タイムマシンがあって過去に戻れるなら、僕は幼稚園のあの日をもう一度だけやり直したい。書き直したい。誰よりもありきたりな夢を。僕は地獄に落ちると思う。舌を億本抜かれても、まだ何か嘘をついてしまうと思うが、その時は奈落の底に穴を掘ろう。誰よりも深い穴に入るのだ。
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