部屋とワイシャツと私お豆腐を買おうと寄った、深夜のスーパーには、部屋とワイシャツと私が流れていて、聴いていたら、とても変な気持ちになってしまった。変な気持ちというより、僕が感じていたのは、変な気持ちの記憶だった。のだけど。
楽しいではなくて、楽しかった記憶、喜びの記憶。この心の中には、生の感情より、感情の記憶の方が多くて、それで僕はいつも、何かを思い出してばかりいるような気がする。何も感じてないような気がしていた。
何を見ても、何を聞いても、何を嗅いでも、何かを思い出す。何を触っても。何を味わっても。「思う」のではなく「思い出す」。リアルな感情というのは、たぶん鮮明な記憶と似ている。
思い出す僕が、二つの場面を一度に見るような感じになるほど、記憶が鮮やかに、思い出されるとき。今ここにいる僕は、同時に、別の場所にもいる。
ここと良く似たそこでは、僕と良く似た僕が、悲しかったり、楽しかったりしている。僕にとっては、きっと、それが「感じる」ということなのだ。「思う」ということなのだ。
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