ユーモアのセンス僕以外の誰かが、それ以外の言い方で同じことを言ったら、あなたは傷つき、彼を憎むようになるかも知れない、というぎりぎりのエッジで発せられた皮肉、それが僕の考えるセンス・オブ・ユーモアである。実のところ「笑い」とは、まったくもって個人的なものなのだ。
父と僕が共有できなかったものは多いが、その最たるものがこの「笑い」の感覚だった。父はよく笑った。なぜそこで笑うのか、僕にはまるで理解できないところで笑った。幼い僕にその父の笑顔や笑い声は恐怖だった。怒鳴り声や、怒った顔はもちろん怖い。でもそれには納得できる理由があった。どんな不条理であろうとも、父は僕の何かに腹を立てたから怒ったのだ。
僕は悪いことをした、そう思えば良かった。
しかし父の笑顔には納得できる理由がなかった。何か嬉しいことがあったから父は笑ったのだとは思う。僕の何かかが、父を喜ばせたのだろう。でもそれは僕に、まったく心当たりのないことだった。父の笑顔は僕のしたことと関係がなかった。笑い声は別世界から響いてきた。僕は良いことをした、むりやりにでもそういうふうには、決して、思えなかったのだ。幼い僕に父の笑顔や笑い声は恐怖だった。むしろ怒られたときより、僕は父に対して申し訳ないような気分になるのだった。
それで僕は、学校の仲間とのコミュニケーションの鍵は「笑い」にあるということを無意識の内に知ったのだろう。ある集団に受け入れられるためには、まず「笑い」の感覚を共有することだ。家の外では僕は積極的に笑った。つまらないところでも笑った。明らかに面白くないとわかっていることでも、それを仲間が面白がっているのだとわかる場合には必ず笑う。
僕は神経質なくらいいつも集団の笑いの基準を気にしていた。
しかし、僕がそこに神経質になっていることを悟られてはならなかった。気取られたら最後だ。僕がその集団に属しない、別世界の人間であることがバレてしまう。集団内にいる「別世界」の人間は暴力の対象になった。初代の金八先生が放送されていた当時の東京近郊の公立校、と言えば、今の若い人にもその雰囲気は伝わるだろうか? バイクで廊下を走り回る生徒。警察官の監視のもとで執り行われる卒業式、というのも、フィクションの世界の出来事ではなかった。
校内暴力が社会問題となっていたあのころの僕は中学生だった。笑顔は恐怖それ自体であることを超え、暴力を誘発する何かに変わった。僕は父の笑顔を嫌悪するようになったのだ。父の笑い声を聞くとひどく不愉快になった。暴力的な気持ちになることもあり、それは現在も続いている。
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