日本のロックといわゆる「応援ソング」が嘘臭いのはなぜか1、
要するに僕が言いたかったのは「共同幻想否定」みたいなことかなぁ、などと何日か前の記事を読み返して思っている。すべての共同幻想を否定するわけではないが、少なくとも「プロジェクトX」程度の安い幻想を共同幻想として僕は認めない。だいたいにおいて中島みゆきの歌うあの主題歌からして安っぽいではないか。
あまりにもあんまりにも。
.
ところで爆風スランプのデビュー・アルバムに入っていた「週刊東京少女A」という曲があるのだが、それを例外的な例としながらも、日本のロックは嘘臭い、それは日本のロックが「ストリート」をリアルに歌えていないからだとする説を、20年以上昔だが、読んだ。玄関の扉を出るとそこはもう「ストリート」、という環境は現代の日本でも極めて稀で、日本のストリートは、つまり「私」と「街」を直結していない。
日本には共同幻想としてのストリートそのものがないという理屈だ。
.
なら例外的に「街と直結した私」の、ストリートの例として挙げられた「週刊東京少女A」はどうなのか。そこで歌われていたのは、グンタマ・チバラギのどこか田舎に住む「私」が、週にいちど、電車に乗って憧れの東京に遊びに行くという物語だった‥‥
ナンパなんかされたら 無口なふり装うの
ハイとイイエで決めて 訛りだけは気をつけて
週刊東京少女A とんでもないわ
教えられないわ 十桁もあるテレフォンナンバー
田んぼの中を走るイナカの電車が「ストリート」だ。結局のところ、このように見事「繋がった」ストリートのある風景を、コミック・ソングの中でしか歌えないというあたりが、日本のロックの限界だというのだ。
☆
2、
ふさぎ込んでないで、お茶でもいれよう
最低な気分から抜け出すんだ みじめな気分にひたってないで
目が覚めてもおろおろと 過ぎたことにばかり気をとられてる
自分のケツに蹴りをいれて ベッドから出て空に向かってパンチするんだ
朝ご飯が終わったら 希望がいっぱい待っているのかな
朝ご飯が終わったら もちろんそうさ
朝ご飯が終わったら 苦痛の無い生活が
朝ご飯が終わったら もちろんそうさ 朝ご飯が終わったら
元気を出せよ やかんに火をかけて
陰気になってる場合じゃないぞ
彼女のことなん
(1/3) 次»
コメント(2)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
プロフィール
このブログを友達に教える