やさしい気持ち村上龍がよく使う「個」という言葉の意味を、僕はまだ完全には把握できていないような気がする。それは他人とは共有できない人の心の中の「何か」であることは確かなのだが、では僕の中の「個」って‥‥なんだろう、と思う。
抽象的すぎて難しいのでもっと具体的に、優しさ、ということで考えてみた。優しい気持ちというのは、きっと誰もが持っているものだろう。けれど優しさの形というものは、ひとりひとり違うと思う。それこそ、他人とは決して共有できない個別の何かであり、相手に示すことは、簡単ではない。
誰か人に優しくすることはとても難しいことだ。
それで、それが「個」なのかも知れない、と思った。人と人との間にある、脆く、透明な壁のようなもの。見えないし、しかも脆いし、だから初めからないものとして生きている人もいる。個ではなく組織で考え、生きてきた多くの日本人がそうだ、他人の気持ちになって考えることを、その壁を無視することだと、履き違えている輩。
同一化、なんていうとまた大袈裟だが、ようするに「思い込み」だ。感情移入という、同一化の手段を使って人に働きかけるのは容易いけど。繋ぎ止めてくれる何かとして、僕はそれを信じてはいるが、少なくとも僕にとって、それは優しさではなかった。
優しくされる対象として、つまり、他人の欲する自分に僕はなりたくない。僕は僕の欲する僕になりたいのだが、ときどき僕は、「個」からあまりにもかけ離れた遠くへ行ってしまう。
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