西海岸映画は難しいカリフォルニア、というところは西洋文明のドン詰りである。そういや昔奈良で「シルクロード博覧会」というのがあったがあれは「奈良はシルクロードの終着点である」という苦しい理屈(屁理屈?)に依拠したイベントでしたね。カリフォルニアの方はまあ間違いなく西洋文明の終着点ですが、ヨーロッパを起源にする文明もここまで来ると何かと色々極端な脚色が施されている。オペラや演劇は、奇術や見世物と混交してハリウッド映画を生んだ。妄想の具現化であるディズニーランドやユニバーサルスタジオなんかのテーマパークが洗練を重ねて、マイケルジャクソンのネバーランドに行き着いてしまうという吹っ切れた狂気の連なりも極めて特徴的。ミクスチャーロックやギャングスタラップなんかのスワップ文化は物騒だが大らかな当地の空気を否応なく伝える。私が住んでる関西も伝統的に行政や警察の腐敗でとみに有名であり、格闘技のK-1や日本一のヤクザ組織を胚胎したまあなんちゅうか適当且つ大雑把なところ。どんなに面白いこと言っても目が笑っていない吉本の大御所芸人は、苦みばしったギャングスタラッパーと同系統の顔つきじゃないですか?違いますかそうですか。関西でもここ数年は夏の暑さが半端でなく熱帯化が著しい。このままバンコクやマニラみたいな適当都市になったらいいんじゃないかと真剣に考えてる私ですが、腐敗が当たり前の都市と言うのも芸の域まで高めればOKでありましょう。そんな暗黒都市のカリフォルニア代表はダントツでLA。チャンドラーの犯罪小説で描かれたような、大富豪と政界とギャングが癒着した夢もチボウもない暴力都市のイメージは大阪が歩みつつある転落コースの王道を行くもの。夢のハリウッドのハリボテセットの裏側で、人を人とも思わぬビッグマンたちが夜な夜なアルコールと薬物におぼれながら映画女優とちちくりあっては悪巧み、ああすばらしき「鹿の園」かなと言う感じの教養主義とは対極の淫靡な世界の魅力はなかなか表現が難しい。そんなLAの暗黒街映画代表はなんと言ってもポランスキーの「チャイナタウン」。美女からの依頼で事件に巻き込まれた探偵が、巨大な陰謀の中をへらず口を叩きながら漕ぎ渡りやがてたどり着く余りにも後味の悪いラストシーン。乾いているよでどろどろしてるあのニュアンスはなかなか出せるもんじゃない。最近じゃデビッド・リンチの「マルホランド・ドライブ」がどんぴしゃのLA映画でしたね。「サンセット大通り」を下敷きに女優志願の娘が辿る狂気の地獄めぐりはリンチ節全開!映画業界への言及ぶりも悪魔的でしたな。三面記事大好きボブ・フォッシーおじさんがプレイメイトがヒモに殺されるという実際の殺人事件を映画化した「スター80」なんかも味わい深い逸品でした。そんなLA映画の伝統に加わるべくジェイムス・エルロイ原作の「ブラックダリア」がデ・パルマ監督と言うこれ以上ない
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