善悪の干潟 自分は子供時代、早く大人に成りたかったもんである。子供向けの演劇や本、映画みんな嫌いだった。学校の演劇鑑賞の感想を「大袈裟で見ていて恥ずかしくなった」と正直に書いたら感想を書きなおしさせられた。感想を「書きなおす」ということは先生から見て「モノの感じ方が間違っている」と言う事なのだろう。「子供の感性は独特ですからね-」なーんて言ってる先生業の人でも、「子供らしくない態度」には厳しいもんである。まあ「子供らしい」という感覚も所詮大人から見た「子供らしさ」で、自分は添加物バリバリの駄菓子かじりながらウンコに爆竹刺して遊んでた奴だって、いざ自分が子供を持ったら無農薬の食品や宮崎アニメなんて無害なもんを与えるもんである。イジメが原因の自殺や不良少年のリンチ事件があると大人連中は「自分らの時代にはこんな陰湿な事件は無かった。子供の感性が変質している。」なーんて言ってるが、イジメや集団暴行は自分らの時代にもあった。たまたま被害者が死ななかっただけの話である。残酷な映画やゲームもみんな大好きだった。いや今でも好きだ。天使のような子供もやがてチン毛も生えて、汚い大人になる。子供の感性は、大人にとっては想像するしかない世界なのである。
「ブラザーズ・グリム」が今二つだったテリ-・ギリアムの新作「ローズ・イン・タイドランド」はなんとビックリ子供映画。アメリカの新鋭女性作家ミッチ・カリンさんの作品を映画化したのだそうな。主人公の少女はジェライザ・ローズ12才。日本映画で少女が主人公と言えば大林宣彦や宮崎駿やその道を極めすぎて捕まってしまった今関あきよしさんなんて求道者達の独壇場であるが、ギリアムの目線は少女崇拝とはちと違う。元ロックスターのパパと元グルーピーのママの両親が揃ってジャンキーというこのローズちゃんは両親が血管注射を決める時には流れるようなチームワークでサポートを決めたかと思えば、ゴミタメのような部屋で頭部だけになったバービー人形に話しかけて一人遊びに没頭するというハイパーリアルな日常を健気に生きるエクストリームなじゃりん子チエともいうべきしっかり娘。。ある日おっかさんがODであっさりとお亡くなりになり、父(「ビッグリボウスキ」のデュードそのままの快演が嬉しいジェフ・ブリッジス)と二人で逃げ出すことになる。草原の中の廃墟となった父の実家に逃げ延びた二人だが、ほっとして一発決めたパパはこれまたODで死んでしまう。天涯孤独となったローズちゃんだが、パパの死が理解できないのか、認めたくないのか、父の死体との奇妙な同居生活をはじめる。食料は底をつき、父の死体は腐臭を放つという不憫極まりない展開だが、ローズちゃんは持ち前の妄想力を生かして一軒屋や草原での一人遊びを満喫し、やがて奇妙な隣人と邂逅する。この隣人が蜂に眼球を刺された片目の姉と頭がちょっとアレ(作中ス
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