つくばの研究所から、大阪の大学に移ってきて NPO法人西山記念文庫のニュースレターに書いた原稿です。
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2008年の4月に大阪にやってきて、早くも1年が経とうとしている。生まれてこのかた過ごしてきた関東を離れての、初めての関西での暮らし。関東と関西では生活環境が大きく違うと聞いてはいたが、実際住んでみると確かに異なる点が多い。人の気質や行動様式、商店の種類や並ぶ品物、そして街の雰囲気や建物の特性など、様々である。特に街の様子は興味深くて、整備された街区の内側に細い路地が残っていたり、古い木造の長屋やレトロな雰囲気の建物が軒を連ねていたり、昔ながらの商店街が活気を保っていたりなど、実に面白い。家から大学までの通勤の途中でも、また週末に家の周りを散歩するだけでも、いまだに新たな発見があるから、いうなれば毎日「まちあるき」をしているようなものである。
なにしろ、それまで8年間住んでいたのは、茨城県のつくば市。研究学園都市として計画的に整備された、郊外のニュータウンである。直線的で広幅員の車道と上を渡るペデストリアンデッキ、規則的に立ち並ぶ中高層の集合住宅群と広いオープンスペース、道路沿いに連なるスーパー・コンビニやファミレス…まるで正反対の世界だから、その分だけ今の大阪の環境が面白く感じるのだろう。計画的につくられ整ってはいるが、その分制御しきれない異物も目立ったつくばの街と、一つ一つの建物は自由で個性的だけれども、全体としてはなんとなく調和が取れている(気がする)大阪の街。車がなければ全く暮らせない街と、歩ける範囲で用事がほぼ済む街。学生と若夫婦が中心の街と、お年寄りを多く見かける街。どちらが良いということではないけれども、このあたりの対比は、住宅・都市分野の研究者としては、大変興味深い。
研究者としての立場や置かれた環境も、つくば時代とでは大きく変わった。以前の所属は国土交通省の研究所だったから、任期付の研究員とはいえ一応は国家公務員の身分。国の政策に直接・間接に役に立つ(とされる)研究課題と具体的な成果が求められ、様々な関係者との間で調整をしながら作業を進める形で、個人としての活動上の制約もいろいろあった。それにひきかえ、現在は大学のグローバルCOE関係の研究員で、自分で掲げた調査研究のテーマを、基本的には自分自身の手で、自己裁量で進めていけばよい。これもどちらが良いとは一概には言えないけれども、自分のペースで自由に課題に取り組めるのは、大変ありがたいことである。また、建築の研究者ばかりが集まった先の研究所とは違って、現在所属している学際的な研究組織で、建築以外の人文社会系の教員や同僚と意
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