親友から「旅たち」の電話今日は5月24日気温23℃ 公園のバラも最盛期後半になってきた。撮影のために出かける寸前に固定電話着信音が鳴った。靴を脱いで急ぎ私は受話器を取った。
私の名を告げたが、かすれ声で聞き取れない 私は再度名を告げた。ひどく落ち込んだかすれ声でTMです。「どーしたの」 「肝臓ガンで入院することになった。財産整理をしていたがどうしても元気がでない 君の声を聞くといつも元気がでるから」とかすれた低い声で言った。 私は答える言葉を探していたが「え~」「え~」 としか言えなかった。
お酒は飲めないのに肝臓が悪いのだと重ねて言っていた。
TM君は「電話またするよ さよなら さよなら」
いつもの電話では「ではまたね」で受話器を置いた。今日は「さよなら」である。ちょっと待って、といいかけたが受話器は切れた。もう覚悟はできているのだろう
TM君は私の故郷新潟で町内も同じであった。幼少のころからの友であり腕白であった私に愛着を持って付き合ってくれた。MT君のお母さん お婆ちゃんも私を可愛がってくれた。一生忘れえぬ方々である。
歳月は流れMT君は私と同い年の79歳となっていた。奥さんは8年前に死別され一人暮らしで元気に暮らしていた。2か月一回は電話で昔話をしていた。
話の内容は金太郎飴のごとく同じである。
昨年あたりから肝臓が悪いので専門病院に通院するようになった。と言っていた。そして気弱なことをゆうようになってきた「夕方暗くなってから帰宅すると自宅の電灯がついていないので寂しい」裏日本は春夏の季節だけは空は明るいが秋冬はどんよりした灰色につつまれる裏日本特有の憂鬱な気候となり気が落ち込んでいるときはこの灰色のどんよりした風景は憂鬱の追い打ちをかけてくるようだった。
受話器を置いて公園の薔薇を撮影にでかけたが気が落ち込んでいる。薔薇ももうすぐ枯れ茶色になって地面に落ちる。人生も同じだと思った。元気で活発に遊んでた時があったのだ今撮影しようとしてる薔薇のように輝いていたではないか 私の旅たちも必ずくる。すべての人にも同じようにくる。気を取り直しTM君に薔薇を贈ると念じながら撮影した。
TM君には白薔薇が似合うとおもった。
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