父の味 わが家の味今日は午前中、
母が買い物に行っていなかったので、
父と2人で昼食を摂ることになった。
父が煮麺を作ってくれると言う。
父のふるさとは奈良である。
関西の人は、関東の人より素麺が好きだと感じるのは
気のせいだろうか。
加えて父の場合は、義妹の実家が
三輪そうめん農家だということも大きいのだろう。
父は私が小さい頃から、素麺や煮麺を自分で作って
得意そうに家族に食べさせていた。
我が家の夏の日曜は素麺と決まっていて、
朝から毎日大騒ぎ。
それは20年以上経った今も変わっていない。
その度に台所を占領し、食材や調味料の採算など度外視、
作るばかりで後片付けはしない父。
母は時には腹も立つようだ。
しかしこれはもう止められない。
父の趣味・・・。生きがい・・・。
素麺というと必ず思い出すのは、
中学1年生の夏休みだ。
私は大きい手術をして、一時は生死の境を彷徨ったが
無事に 病室でテレビを見たり物を食べたり出来るまでに
回復した。
しかし、水分制限と 油分の制限があり、
大好きな牛乳はダメ、お茶は薬を飲むときだけ、
病院食のサラダには塩しか付いてこない、
という状況で、
かなりのストレスが溜まっていた。
そんな時、父が 当時流行り始めたランチボックスに
冷たく冷えた素麺と、ネギとシソと、
冷たく冷えた素麺のつゆを持って
見舞いに来てくれたのだ。
家に居る時には特に感じなかったそのおいしさに感動し、
つるつると際限なく食べ続けた。
母が「お父さん、朝から一生懸命
出汁取っておつゆ作ったんだよ。
冷えたの持っていってやろうと思って。」
と言ったのを覚えている。
その時には、そのありがたみを
本当には感じていなかった気がする。
久しぶりに美味しいものが食べられた、
という喜びのみだったろうか?
本当のありがたみは、いつというより
成長するうちにだんだんに分かっていった。
家族で食卓を囲み、しつこいように毎週素麺を出され、
そして自分があの素麺の何に感動したのかが・・・。
「明日で地球が滅亡するとしたら、最後に何を食べたい?」
という質問を時々、テレビなどで見るけれど
私の答えは15年近く変わらない。
母の作ったビシソワ
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