甲田光雄医師について、書き残したいこと その1甲田医院院長の甲田光雄医師が2008年8月12日に亡くなりましたた。
甲田医師は1924年8月2日生まれ。
私はこの10年くらいの間に仕事で5~6回ほど甲田医師に会いました。
甲田医師は「関西人のおじいちゃん」で、私の話をあまり聞かずにしゃべりたいことを一方的にしゃべるだけだったし、カメラを向けると張り切って180度開脚して若さをアピールするなど、ある意味、お茶目な人でした。
しかし、会った時間がほんのわずかでも、恐ろしく印象深く、甲田医師の言葉を私のできる範囲で残しておきたいという思いがあります。
大飯食らいだった
「断食博士」
甲田医師は、何万人もの人々に断食や少食を指導してきました。
そして、難病がみごとに治ってくるという症例が、続々と出てきました。
健康になりたいと思って、断食や少食を実践すれば、なんとか生き抜こうとするエネルギーが、体の中からわき上がってきます。
そして、体が軽くなり、どんどん元気になってきます。
甲田医師によると、これが自然の法則なのだそうです。
甲田医師自身が、最初に断食を行ったのは1950年のことです。
ここ数年は、以下のような少食生活を送っていました。
朝3時 起床
昼12時 青汁を飲み、生の玄米をすりつぶした生玄米粉と豆腐を食べる
夜6時 青汁とニンジンジュースを飲み、生玄米粉、豆腐、ゴマ、海藻類を食べる
※午前中は、水と柿の葉茶をたくさん飲み、食べ物はいっさい取らない
甲田医師は、食べない楽しみを味わいながら、毎日、気持ちよく生活したといいます。
ただ、甲田医師自身、生来の大飯食らいで、甘い物好きだったそうです。
「まんじゅうでも大福でも、1つなら食べないほうがましで、3つも4つも食べないと満足できなかった」と話していました。
甲田医師が少食を続けるようになったきっかけは、慢性肝炎を断食で治したことでした。
中学のときに、食べすぎのために慢性の胃腸病にかかって、2年間学校を休みました。
その後、復学したのですが、肝炎を患い、慢性化してしまいました。
健康になりたい一心で医師を志し、大阪大学医学部に進みました。
ところが慢性肝炎は治らず、大学3年のとき、十二指腸潰瘍、大腸炎、胆嚢胆道炎まで患って、大阪大学附属病院に入院することになりました。
当時の最先端治療を受けても、病状はいっこうによくなりません。
そして、主治医にこう言われたのです。
「甲田君。いつまでもこんなとこで治療を受けるよりは、家に帰ってのんびり養生した
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