調整がない?報道ステーションを見ていたら、盲目のピアニスト辻井伸行氏の受賞後初コンサートの特集をしていた。その中で、辻井氏が現代曲の練習をしている場面があって、「ちょうせいがないのでたいへん」というような発言をしていたのだが、テロップでは「調整(キー)がないので大変」という字をあてていた。
この「ちょうせい」はもちろん「調整」ではなく「調性」なのだが、これだけなら単なる変換ミスと解釈できないこともない。しかし、その後にわざわざ「(キー)」などと挿入してあるので、かえって違和感を感じた。
実は、この「調性」という日本語には、二種類の使い方がある。一つは、「この曲の調性はハ長調です」というような使い方で、この場合には、「この曲のキーはハ長調です」と言い換えてもまったくおかしいことはない。
しかし、上の例のように、「この曲には調性がない」という意味で「この曲にはキーがない」とは言わないのである。少なくともぼくは、そういう用法をあまり見たことがない。この意味を英語で言いたい場合は普通、「この曲にはトーナリティ(tonality)がない」、もしくは、「この曲はアトーナル(atonal)である」と
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