対馬の道-雨森芳洲と司馬遼太郎の足跡-
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清水山城跡から厳原港を望む(長崎県対馬市)
雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)のことである。琵琶湖畔、現在の滋賀県伊香郡高月町雨森地区に生を受けた雨森芳洲は、江戸中期の朝鮮外交に活躍して対馬で生涯を過ごし、お墓も対馬の厳原(いずはら)にあることは以前のウェブログ「中江藤樹と雨森芳洲」で触れた。
滋賀県に住んでいるので、生家跡に建てられた高月町東アジア交流ハウス雨森芳洲庵も訪れ、館長の平井茂彦氏の著書も読んでその生涯に触れ、雨森芳洲の章もある司馬遼太郎の「街道をゆく第13巻 壱岐・対馬の道」も読んで、対馬には一度行きたいと思っていた。
昨年、27年間付き合ったオカメインコが天寿を全うし世話役を免じてくれたので、この正月休みに雨森芳州と司馬遼太郎の足跡を訪ねて対馬へ行くことを思いついた。博多から空路もあるが一足飛びでは旅情に乏しいので、博多-厳原を2時間弱で結ぶジェットフォイルヴィーナスという高速船を利用することとし、2008年12月30日~2009年1月2日に対馬を訪れた。
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