テヘランでロリータを読む (アーザル・ナフィーシー)イラン出身の女性英文学者が、イスラーム革命後の抑圧された社会での暮らしを英文学を通して綴った回想録。
著者が実際にイランで私的に行った読書会に基づく刺激的な題名と、某紙での好意的な書評に惹かれて自分は手に取った。ナボコフの『ロリータ』が好きな素人小説家として、イスラム社会と「表現の自由」に関心もあった。
ただ、本書は題名から連想させるほど、『ロリータ』を多く採り上げてはいない。全体としては、特定の文学作を云々するよりも、女性やいわゆる「知識人」がイスラーム革命後のイランで生活することの困難さとそれを作り出している体制への怒りに満ちた文章だ。文学に関心がなくても、イランの現実を知るのには大いに役立つ本である。
特に面白いのは、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』をアメリカ特有の不道徳な文学だと糾弾する学生に対して、著者が提案して行われる『グレート・ギャツビー』を裁判にかける授業だ。イランの学生同士がアメリカの一小説を巡って熱心な議論を戦わせる場面は、それだけでも読むに値する。その他にも随所に文学を通して、体制、信仰、恋愛等々、様々なことを考えさせる。抑圧されている社会だからこそ、文学の価値が鮮明に炙り出されるのだろうか。改めて「文学の力」を見せつけられた。そんな「文学」を自分も創り出してみたくなった。
本書のあまりの面白さに自分は未読だった『グレート・ギャツビー』を早速、購入して、今、読み始めている。
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