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世間一般では僕らは思春期という複雑でややこしい時期の中にいた。男子高校生が複数集まると必ず女の子の話が出る。それがまともなことだった。しかし僕の友達はそういうことにあまり興味がないようだった。僕らにとって“恋愛”は“レンアイ”であり、日本が鎖国をした後、日本人が色々な外来語に対してとまどったように、その言葉は美術館にある抽象的な静物画のようだった。僕らにとって“女性”というのは結婚相手であるということしか頭になかった。僕らが東大を出て一流企業や官庁に就職し落ち着いた時に見合いの話を親から受けそれで結婚する“もの”であると多くの生徒は考えていた。その過程には恋愛がなかった。ただ僕はそういう周りの生徒の考えに意義を唱えることをしなかった。彼らには彼らなりの考え方があり、生き方があるのだ。だから僕の学校では恋愛をしている生徒はほとんどいなかった。少なくともガールフレンドと呼べるものを持っていた生徒は試験で上位にいなかった。数少ないそんな生徒はたいてい学力テストで180番から“ドン尻”の間にいた。僕らはそういった奴らのことを嘲笑し蔑んだ。彼らは競争にすでに負け堕落したのだ。僕の学校のほとんどの生徒がそう思っていた。もちろんそのような考えを100%信じるほと僕はバカではなかったが。

2009/01/11




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