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僕は以前よりも人と話すようになり何人かの親友もいた。親友とは文学の話や熱帯魚の話、クラスの先生の話、この間の実力テストの話、そして何よりも将来の話で盛り上がった。ほとんどの友達が東京大学の法学部を出て官僚になるか、医学部を出て医者になるかという夢を持っていた。しかし彼らにとってその夢というのは、ほとんど無理というそれではなく、当然そうなるという確信を含んだ夢であった。そして僕もそういった考えを持つ者の1人であった。東大に受かれば親も親戚も喜ぶだろう。東大ということで世間は僕のことをお尊敬のまなざしで見つめるだろう。在学中はもちろん、卒業してからも僕は一流の扱いをされ、誰よりも幸せな生活が送れるだろうと思っていた。

高校1年も終わりに近づく頃、僕らは大学受験のおよそ基礎となる部分を学び終えた。僕らは高校1年の時点で中堅大学の試験を突破できる実力を得たのだ。しかしそれを得るのはたやすいことではなかった。一部の天才を除いて普通の人の3倍の早さで勉強するというのはかなり苦しかった。生徒の5パーセントくらいがその早さについていけなくなり、真剣に授業を聞かなくなった。毎日の授業が、毎日のテストが競争であった。1番になった者は校内を風を切って歩き、150番になった者はなんとなく居心地の悪さを感じていた。

高校2年の夏頃になると、学校側は僕らを自主的に勉強させるようにした。丸1時間を自習に使う授業もあった。僕はそういう雰囲気の中で少しリラックスすることが出来た。僕は中学入学以来限られた世界でしか生きてこなかった。偏差値が65以上あって知能指数が140以上の者の間であれこれやってきたのだ。僕にはそれ以外のものを見る必要があると考えるようになった。

2009/01/11




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