金明竹(きんめいちく) 落語

次は、のんこの茶碗、黄檗山金明竹、ずんどうの花いけ、
古池や蛙飛び込む水の音と申します。あれは、風羅坊正筆の掛け物で、
沢庵、木庵、隠元禅師はりまぜの小屏風、あの屏風はなあ、もし、わての旦那の檀那寺が、
兵庫におましてな、この兵庫の坊主の好みまする屏風じゃによって、
かようお伝え願います」
「わーい、よくしゃべるなあ。もういっぺん言ってみろ」

与太郎になぶられ、
三べん繰り返されて、男はしゃべり疲れて帰ってしまう。

おばさんも聞いたが、やっぱりわからない。
おじさんが帰ってきたが、わからない人間に報告されても、よけいわからない。

「仲買の弥市が気がふれて、遊女が孝女で、掃除が好きで、
千ゾや万ゾと遊んで、終いにずん胴斬りにしちゃったんです。
小遣いがないから捕まらなくて、隠元豆に沢庵ばっかり食べて、
いくら食べてものんこのしゃあ。それで備前の国に親船で行こうとしたら、
兵庫へ着いちゃって、そこに坊さんがいて、
周りに屏風を立てまわして、中で坊さんと寝たんです」
「さっぱりわからねえ。どこか一か所でも、はっきり覚えてねえのか?」
「確か、古池に飛び込んだとか」
「早く言いなさい。あいつに道具七品が預けてあるんだが、買ってったか?」
「いいえ、買わず(蛙)です」

【うんちく】

ネタ本は狂言

前後半で出典が異なり、前半の笠を借りに来る部分は、
狂言「骨皮」をもとに、初代石井宗淑(?~1803)が
小咄「夕立」としてまとめたものを
さらに改変したとみられます。

また、類話に享和2年(1802)刊の十返舎一九作「臍くり金」中の
「無心の断り」があり、現行にそっくりなので、
これが落語の直接の祖形でしょう。

一九はこれを、おなじみ野次喜多の「続膝栗毛」にも取り入れています。
「夕立」との関係は、「夕立」が著者没後の
天保10年(1839)の出版(「古今秀句落し噺」に収録)なので
どちらがパクリなのかは分かりません。

後半の珍口上は、初代林家(屋)正蔵(1781~1842)が
天保5年(1834)に自作の落語集「百歌撰」中に入れた
「阿呆の口上」が原話で、
これは与太郎が笑太郎となっているほかは
弥市の口上の文句、「買わず」のオチともまったく同じです。

前半はすでに文化4年(1807)の喜久亭寿曉の落語ネタ帳「滑

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落語のあらすじ 
2005/09/12



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