「こがれ」早速初日を観劇。
張りつめていた空気がとても重く、開演前から特別な世界。
感慨深い作品だった。
「さくら」を生む、人の過ち。
「自分を満足させるために、誰かを何かの代替えにする。」
そこは一時しのぎの逃げ場でしかない。
それは誰もが解っている事。でも、それは普段の何気ない行動の中にも顔を出す。
「気分が悪いから機嫌が悪くなる。」とか、
「うっかりやつあたり」とか。
事柄や尺度は違っても、そんな所にだって「さくら」の因子がある。選択の余地なく、代替えにされた、、誰にも救われなかった「さくら」ほどではないにしても、「さくら」へ向かう一歩を踏み出すきっかけになってしまうかもしれない。
いろいろな傷はそれぞれ、その人の痛みの重さはその人でないと解らない。他人の「この程度だから、痛くないでしょ?」
なんて事は、成立しない。
その自分にしか解らない事を、誰かに気付いてほしいと思ってしまう。
もし、俺なら「痛い?、どうかしたの?」って言われたら、気分が楽になりそう。大丈夫じゃなくても、大丈夫としか言えないから「大丈夫?」とは言われたくない。がんばれも無責任な言葉。
人のため、、君のため、、それは本当に君の為?
これは、結果が決めるような気がする。「さくら」の為になったのは、ルポライターさんのお届けものだけだったかなぁ。
「さくら」が焦がれていたのは、自分が思い込んだ幻だったように思えて、悲しく、かける言葉がみつからない。「どこかへ逃げたい」って言ってるような気もするし、「なにも聞かないで、でも一人にしないで」と言っているようでもあるし。
男としては、身が引き締まる。あんな人にはなりたいくない。
劇中のカウンセリングさんやフードさんのように、予定外の結果に対し、自己防衛が最優先にならないように気をつけたい。いずれ出会う誰かと向き合う為に、誰かを大切にできる自分になるために。
しかし、、それ以前に俺には 人間不信という問題がある。
これは幼少の頃からの習性だから、なかなか治らない。
「君がいるからできる」 と 「あなたがいるからできる」
それはアニメだ、と言われればそれまでだけれど、目指したい関係。
でも、俺は人の心をたくさん殺した。
そして、それの代償を受けた。いや、受けている最中なのかもしれない。
人が、えんぴつや消しゴムと同じだと俺は言った。
会社にとっても、俺は道具だった。
人の価値は、仕事じゃない。
能力じゃない。
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