西沢和彦「年金大改革」2003日経新聞の大林尚がさかんに言い立てる「年金世代間格差」。この愚かな主張に根拠を与えているのが、この本だということを知った。西沢は現在の年金制度に影響力のある人(諮問委員)で「年金は誰のものか」2008.04という本も書いているが、2004年改革の前に拙速で書いた標題の本には粗雑な論点が目立っている。
その一つが「世代間格差」だ。それを緩和するため2005年頃以降の新規裁定者から老齢厚生年金を3割減としろと言っている。一方で既裁定者はそのままでいいなどという無茶苦茶なことを主張しているが、まさかこれが実現するとは思っていたとは思われない。ただ言わなければ気持ちが済まなかったというだけのことであろう。
西沢の根拠とするのは「これだけ負担額に差があると年金を支える気持ちがわかない」という薄弱なものだけである。しかし、そのように考えるのは、西沢や大林らほんの一部の(目覚めた)人間だけではなかろうか?自分たちは後続の世代のためにやっているかのように言っているが、ホンネを言えば団塊世代に意趣返ししたかっただけなのではなかろうか?
年寄りの世代も若い世代も「自分が払った保険料」が、年金になった時額が減ったりすればイヤなのは当然だ。しかし少しでも増えていれば余り文句はないというのが普通だと思う。(それ以外に考えようがないハズだ)同年の人たちとの比較は気になるが他世代との比較に気を回すようなことは余りないだろう。要するに自分がいくら払いいくら貰うかがすべてで、先行世代の年金が自分たちより多額というならいざ知らず、ほぼ同額をもらっているときに過去に払った金額など誰が気にするというのだ。
要は年金が潰れずにあれば自分が得するということを知り保険料を払うことができる時には、人は保険料を払うことに(多少の文句はあるが)大きな不満はないのである。従って、そんな「頭のいいことをほめられるためにだけ考えた理屈」は捨て去って、まっとうな議論だけをしてもらいたいものだ。
そのためには「根本的に年金は永遠に続かざるえないこと」を議論参加者がベースとして認めることである。 民主党の山井などが年金不安を煽るために手練手管で繰り出す議論などは即座に否定しなければならないし、世代間格差などの末節の議論を恰も最重大事であるかのような言い様は決してすべきでないのである。
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