コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲にメロメロ… 

コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲にもうメロメロです。

甘美な響きとメロディにうっとりと浸り「癒しの時間」を過ごしたい・・・そんなときは最適な曲じゃないかな・・・。

“快楽主義”という言葉がありますね。
いろんな側面から論じることのできる言葉だと思いますが、音楽の分野で“快楽主義”を説明しようとするなら・・・
「コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲をワインでも飲みながらゆったりと聴くこと。そんな時間を過ごすことを無上の喜びとし、そういった快感を追い求め、行くことを生きていくことの原動力にさえしようとする考え方」
そんな風に言えるではないでしょうか・・・。

マーラーの耽美的な音楽を聴いている時も、同じような感覚になることがあります。
ああ、いつまでもこの世界に浸っていたい・・・後期ロマン派の音楽の特徴というか、それが最大の魅力でもあるのですが、一歩間違えば不健全な習慣性のある麻薬のようなロマンチシズムを味わいつくすことも、まさに「音楽の快楽主義」と言えるのでは・・・。
R.シュトラウスの作った官能的な響きに満ちた「薔薇の騎士」も、その分野の代表的な名曲ですね。
そういった観点からすればコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲も、完全に後期ロマン派の魅力が最も色濃くあらわれた音楽だと思います。

ところが・・・この曲が作曲されたのは1945年。なんと第二次世界大戦が終わった年ではありませんか。初演は47年にハイフェッツが行ったそうです。
私たちの世代は、両親や祖父母から直接戦争中の話を聞かされています。終戦の年に誕生した曲だと聞いたら、現代に直接つながっている時代に誕生したバリバリの「現代音楽」というイメージです。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」の初演より45年も後にこの世に出た作品なのです。
西洋音楽史をかじってみると、20世紀に入りシェーンベルクが12音技法を編み出したあたりで音楽の歴史は大転換して、まったく新しい世界に入ってしまったような錯覚に陥ります。
ですが、このコルンゴルドの曲を聴いていると、時代が現代になっても、ひたすら人間の内面を描くロマン派の音楽は脈々と続いていたのだということがよくわかります。

なんとこの曲、マーラーの未亡人、アルマ・マーラーに献呈されているそうです。
アルマの恋多き人生とこの曲想を同時に思い浮かべると、そのいきさつをぜひ知りたいものです。

第一楽章は、いきなりヴァイオリンソロから始まります。ヴァイオリン以外の楽器だったら決してサマにならない単純な音形のメロディです。ですがここには、ヴィブラートたっぷりのヴァイオリンだか

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音楽
2008/07/20




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