ノッてるね~ P.ヤルヴィのベートーヴェン !!

音楽は「再生芸術」と言われます。
絵画などと違って、ずっとそこに存在するのものではなく、演奏されて初めて音楽は存在します。
そして音が消えた瞬間から音楽も消えてなくなる。。。

正確には休止で音が鳴っていないときも音楽だし、曲が終わった瞬間の静寂も音楽の一部なのですが、まあ一般的に、音楽は鳴っている間だけに存在する芸術だと言われております。

だから音楽が聴き手に届く時には、必ず作曲家が書いた音符を演奏する人(つまり演奏家)が仲介します。演奏家というフィルターを通して作曲家の意図は伝わるのです。
少し言い方を変えると、音楽というものは、作曲家の作った筋書きを利用して演奏家を味わうもの、といっていいのかもしれませんね。
このあたりが音楽の幅広い楽しみ方ですね。

クラシック音楽にあまり多く接する機会の少ない人からよく、「演奏家によってそんなに違うの?」という質問を受けることがあります。

そんなとき私はよくこんなたとえ話をします。
「同じ推理ドラマの台本を使って、探偵役を田村正和が演じるのと、西田敏行が演じるのでは、ぜーんぜん違う探偵になっちゃうでしょ」

どちらも個性豊かな探偵になるでしょうねえ~。
それと同じようにバイオリニストにはそれぞれの歌い回しや音色があり、ピアニストのちょっとしたタッチの違いでも音の色彩と香りも、そして伝わる「音楽」も違ってきます。

それがオーケストラの奏でる音楽になると、変化はもっと増幅します。
音を出してるのは当然オーケストラの奏者なのですが、何十人もの個性集団が音を発するときに、指揮者というさらに強烈な個性が絡んで独自の音を出させようとするわけです。聴き比べなんかしてみたら、これほど面白いものはないのです。

さて、そこで今をときめくパーヴォ・ヤルヴィのベートーヴェンです。
未来の巨匠?いやいや今やすでに世界で引っ張りだこの大人気指揮者です。彼はエストニア出身の指揮者、巨匠メーネ・ヤルヴィの息子。
「親の七光」などという言葉がありますけど、本当の実力で勝負しなければならない世界ではそれは通用しません。オーケストラ奏者というその楽器に関する猛者集団と面と向かい合って、自分の意思を伝え従わせるのですから、そりゃ力量がもろに反映する仕事でしょう。
政治世界ではびっくりするくらい二世議員が多い。もちろん特殊な家庭環境の中で育って政治を学ぶ機会が多かったこともあろうが、、むしろ政治家というのは秘書をはじめいかに良いスタッフによって支えられているかによって「実力」が決まるのではないでしょうか。その環境づくりこそ、親のバックアップ(親の

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音楽
2008/07/10




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