真夏の夜に1945年の、夏の暑い日に、日本がアメリカとの戦争に敗れた。
その後は、復興のために、みんなが貧しいなかでも、精一杯生きてきた。
戦後十年ほどたった、1950年代半ばは、日本の田舎では、高校に行くものはまだ少なかった。ほとんどは、中学を春に終ると、列車に乗り、東京、大阪や名古屋の大都会に集団で就職した。
そのころの、ある夏の日の夜中のことだった。
ある男が、深夜の二時ころ、自転車に乗って、家から一番、近い親戚の家に向かっていた。
彼の自転車をこぐ脚は、真夏の闇にあわせたように重かった。しかし、満天の星は、田舎道にぼんやりと降り注ぎ、砂利道の明かり代わりになっていた。
「夜中にすんません。起きてくれや。大変なことが起きたんや。」
彼は、親戚の家の玄関から、低い声で呼びかけた。当時、田舎の玄関は開け放たれていた。
家人が起きて家の裸電灯を点けた。家に迎えられた男の顔は、居間の明かりのもとでも、青ざめて何かを思いつめたように暗かった。
「なにが起きたんや。」
家の主人は、ただならぬ様子を感じ、声を低めて聞いた。彼の嫁も、眠気はすっかり飛んで、男の顔を見つめた。お茶をだすような呑気な用事では無いようだ。
「先ほど電報が来てな、江津子が死んだらしい。」
彼は、一片の電報を差し出した。彼の手は、小刻みに震えている。江津子とは、この春、東京に集団就職した彼の一番下の愛娘である。
電報を、黙って受け取った主人の顔色も、たちまちのうちに青ざめた。嫁は、「何で。何があったん。」と小さく嗚咽しながら男に尋ねた。
「それが、この電報ではまったく分からんのや。」男は低く答えた。
そして、続けた。
「じゃが、江津子はさっき家に帰ってきたようじゃ。」
「何じゃと。どういう意味じゃ。」主人は尋ねた。
彼が語ることは、二人をさらに驚かせた。
彼は、子供たち全員を、集団就職で都会に働きに出した。彼の嫁は、貧しさゆえか、子供たちがまだ幼いときに家を出て、行くえは知れなかった。彼は、今は、一匹の犬とともに寂しいわび住まいをしている。
この犬は、なかなか聡い犬で、そよ者が、家に近づくと低い鳴き声を上げて、彼に知らせるのだった。昼間は、外にいて、近所の顔見知りであれば、鳴き声を変えて彼に合図する。まったくの初めての人であれば、彼が鳴き止むように命じるまで、警戒の声を発し続けるのだった。
その犬は、夜になると、家のうちの土間にいた。夜、誰かが彼の家に近づくと、土間から出て行き、彼に鳴き声で知らせてく
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