“負けるが勝ち組”はイナカをめざす その7【3】解 釈
ここのところ、以下に書き連ねた内容に関わる何やら意味あり
げなコトが立て続けに発現しています。その様な現象のコトを、
先端自然科学では「創発」、ユング派は「シンクロニシティ」、
神道は「おかげ」、そして仏教では「ご縁」と呼んでいます。
それらは全て同じこと。
前章まで様々な角度から見た「現状と現象」をサンプリングし
書き並べてきましたが、ここで一度、田舎暮しを始めてまもな
く1年が経とうしている現在、中間的なまとめとしてその分析
を少ししておこうかと思います。それは東京といすみを象徴的
なサンプルに用いた「都市と田舎の違い」についてある視点か
らの解釈となります。
移住してからほぼ1年。自然に寄り添って暮したいという思いを
同じくする人々との日々。ここにきて初めて共同体の真意を理解
することができました。それは僕の職業である撮影現場と同じだ
ったのです。撮影には様々な人々が関わり合います。撮影部、照
明部、音声部、大道具、小道具、演者、スタイリスト、ヘアメイ
ク、そして監督。それはもう個性的な面々の集合体です。しかし
そんな主体的な個人である面々の思いは「良い作品を作りたい」
のただひとつ。つまり、田舎とは「自然の環境を大事にしたい」
という共通の思いをもった人々による巨大な撮影現場のような
モノだったのです。
都市では仕事や趣味以外でひとつの思いを共有することは困難で
しょう。しかし田舎では自然発生的で恒常的な大きな共有意識が
存在していたのです。「共有意識が常在している状態」簡単に言
うと「いつも味方がいる感じ」、そこにこそあの難儀な撮影現場
があれほど楽しい場となる理由もあったのです。心のゆとりとか
豊かさはそんな感覚の中からそこはかとなく沸き上がって来るモ
ノなのではないでしょうか。
人が生きるという視点において都市と田舎の重大な違い。それは
建物の数とか便利さの違いなのではなく、「日常的に他者と同じ
思いを共有できているのかいないのか」ではないのか。
そして、周りの世界を見渡せば、そこにはぐるり車で一周90分の
多機能でコンパクトな地域がありました。ここには、海、山、川、
田園、丘陵地、森、谷津田、池、干潟、磯など。またアカウミガ
メ・スナメリ・ハンマーヘ
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