同級生同級生とは、何はともあれ実にいいものだ。
あれから、50年以上もの歳月が流れていたとしても互いに顔に年輪を刻んでも、なお、童心に返って当時を想い出しながら互いに健闘を讃えあいながら、残された人生の無事を願い共に共有しようなんて誓い合えるものだ。夜が更けても語り合いながら寝ようとしないなんて同級生ならではの事と深い想いに浸る。
今年の9月6日、7日昔の気の会う者同士で、ニセコに別荘を持っている仲間がいるから一緒に一泊する予定で行かないかとの誘いがあった。二つ返事で行く事に決定した、実はニセコの別荘というのは、深い意味があったのだ中学時代、クラスは違っていたが彼の存在は良く知っている、彼はやがて営林署へ勤務し、年頃になって縁有って同じ職場の女性と結婚したが子供には恵まれなかったようだ、しかし、二人とも大の山好きで暇さえあれば、あっちの山こっちの山と二人で登山を楽しんできたと、聞いている。
しかし、誰しも長い人生には色々と艱難辛苦(かんなんしんく)が付きまとうものだ、どこまでも楽しみが続いて欲しいと誰しも願うものだが、なかなか思い通りには行かないものだ。
ある日突然、最愛の奥さんが病に襲われ病床に伏してしまった、現代医学の粋(すい)を尽くしても、奥さんを引き戻すことができなかった。定年をまじかにして彼は独り身になってしまい以来10星霜、彼は再婚することなく今も元気に暮らしている、二人とも営林署勤務で有った為、それなりの退職金も手に入った事と思うが、あれ程山好きであった奥さんをどうしても留めて置こうと彼はニセコの山中に土地を購入し大きな山荘を建立し奥さんを末永く留めて置きたいと決心し立派な山荘が出来上がったのである。私が、此の山荘にお世話になった時、1階の広間の奥に山の写真が飾ってあり傍に奥さんの写真が置いてあった、横に陶器が置いてあり灰が敷き詰められ香が炊かれてあった。何時の日か誰しもがこのような思いにさせられるのかと、人事(ひとごと)ではなく胸がしめつけられる思いであった。翌日、私は家に帰ってすぐ、一首の和歌をつづり色紙に書いて彼に贈った。因(ちな)みに奥さんの名前は恵(めぐみ)さんといいます。
羊蹄を
彼方に望み
山荘の
名をも縁(えにし)の
恵(めぐみ)なるかな
山荘に
歌声たかく
にぎやかな
遠くむかしの
学友なれば
幾山河(いくさんが)
齢(よわい)かさねし
ふたたびの
出会いなつ
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