骨太が骨抜き?本気で考えよう社会保障制度 先日までテレビをはじめとしたマスコミは、社会保障費削減方針の旗を降ろさない政府に対して批判を集中させていました。しかし、自民党の厚生族の抵抗にあい、社会保障費削減方針を今年度に限り見送った途端、マスコミは「小泉改革の転換」、「骨太が骨抜き」と一斉にこれまた批判を始める始末です。マスコミはいったい何を主張したいのか?視聴率が上がればよいのか?困ったものです。
ところで、社会保障費削減方針の何が問題だったのでしょうか。
超高齢化が進行している日本においては社会保障費は毎年1兆円増え続けるといわれており、今の制度設計では何がしかの手を打たないと大幅な財源不足になることは明白です。しかし、その一方で費用の問題以前に医療・介護ともすでに制度崩壊の危機に瀕しており、今後国民が安心して生活し続けていけるのか大変な問題になっています。もちろん医療にもまだまだ改善するべき問題もあるでしょうが、もし効率化を追求するのであるならば、浮いたお金は削減のためではなく、制度の問題解消に当てるべきです。
小泉路線を継承する「自由至上主義」の皆さんの考えでは、生活をしていく上でもし何かあった時、あるいはただ単に年を重ね高齢者になった時、国が削った費用は国民が自己責任で何とかしろ!といったものなのでしょう。そうでなければもし社会保障を本気で今のレベルを維持しようとしているならば、崩壊寸前の制度を立て直す論議をしている時に、まず費用を削減しましょうなどと言うわけがありません。倒壊しそうなビルを前にして、まず維持管理費を削減しよう言いますか?
小泉改革では小さな政府を目指すといいながら、実際には官僚組織の肥大化を止める事なしに、官僚組織を守るために、国民の自己責任を前面に出しただ国民サービスを削ろうとしていたのではないでしょうか。まず削減するべきは社会保障費ではないことは明らかです。
今回の政府の社会保障費削減凍結の方針が、もし間近に迫った衆議院選挙に配慮したためだったとするならばとんでもないことです。
もしそうだとするならば、政治家の皆さんは何か考え違いをしているのではないでしょうか。
社会保障給付とはお金持ちの国会議員皆さんが貧しい国民に施をする制度ではないのです。
国民が社会保険の給付を受けることは、保険料や税金を納める国民の当然の権利であります。
税金や保険料を納めているのに、最低限の安全安心のサービスを受けられず、「自分で何とかしろ!」というのであれば税金や保険料を納める意味がありません。もし安心安全を得るために財源が足りないということであるならば、納得できれば国民は増税にも応じるはずです。
ここまで格差が広がり、社会保障制度がズタズタになったのは、自民党政権に国の運営
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