どうみき坂の夜
現在は「県立大学駅」になっているが、この新駅名が良いという方にはついぞお目にかかったことがない。
駅がある場所はあくまで安浦町、以前と変わっていない訳である。
埋め立てられた海側に銘酒屋街→赤線があったというのは紛れも無い事実だが、そのイメージを取っ払ったということよりも、単に新興タウンの平成町に気を使ったという程度の話だったかも知れない。
それはそれで、京急側の下らない配慮である。
谷戸の出口にある平坦な場所、”安浦”はそれに合っていたのだ。
安浦という地名は明治末期より埋め立て事業に関わった安田財閥系の安田保善社の安と、入り江を意味する浦を組み合せて名付けられた。
むろん我々、ご近所のガキどもは、そんな由来などわかっちゃいない。
少年時代はみんな普通に”ヤスーラ”と呼んでいた。
当時、駅から16号線まではバラック風のさびれた飲み屋が並んでいた。更に国道を越えた反対側には赤線。
夜の街として細々と生き残ったのは、良かったのか、悪かったのか。
小学生の坊主はヤスーラにはまず用がなかった。
でも、安浦駅へ向かう途中にあった「夢や」という模型屋には時々立ち寄った。正月とか誕生日とか、小遣いを貰った後だけ。
いつだったか、その模型屋のはす向かいに「お好み焼きや」を発見した。おなかは空いていたし、小遣いは少しだけ余ってる。
ボロい店構えだったが、その店は面白いことに持っている小遣い分に合せて、厚みを変えて焼いてくれる。文字通り、”お好み”であった。確か15円か20円分といって注文したと思う。
ぺらっぺらに薄いやつが出てきた。
それでも青ノリとソースをぶっかけたら結構イケる。
そのお好み焼きとセットで、突然別の記憶が復活する。
何気なく店に置いてある雑誌を見ていると、”冬虫夏草”なるものの話が書いてあった。
子供というのは、時として意外なものに興味を示す。
祖父が亡くなって間もない時期で、
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