水の路地
家の裏庭にはかつて大きな池があったらしい。
背後の谷戸から湧き出す清流で、常に一定の水量をたたえる中々見事な池であったという。
断崖は現在家の70mほど後方に遠のいているが、
明治の末頃までは、家のすぐ裏手まで谷戸が迫っていたという話を亡くなった母親から又聞きした記憶がある。
母親も辛うじて池は覚えていたものの、山は既に削られた後で当然のように徐々に水量が減って、やがてその池も自然消滅したようだ。
「ここに池があったの」と指差された場所は、ユスラ梅の低木と、雑草に混じって何本かのダリアがある程度の、手入れのよくない裏庭の光景に過ぎなかった。
他に私が覚えているのは、裏庭の斜面にあった苔むした疎水跡くらい。今はもうそれもない。
昭和30年代頃、家の近くに川はなかったけれど、近くの谷戸には水場が多かった。
堰(セキ)と呼ばれた用水池、そこから流れ出る小川のような細い水路、谷戸の隅っこの泥鰌がとれた浅い沼や、ザリガニがたくさんいたドブ川や、何人もの子供が落っこちたと噂されるガサ藪の古井戸、
大雨の後だけに出来る不思議な水たまり・・・
雨上がりの眩しい光の中の、水面に映った青空の記憶。
富士見町にも、佐野にも、不入斗にもあったはずの川は
もうひとつも残っていない。
谷戸のあちこちにあった水場も、いつの間にか消えうせた。
あの頃の水は何処にいったのだろう。
(2009.05.28/イチロー記)
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