臓器移植法改正案 衆院通過 今日、臓器移植法改正案のA案が賛成多数で衆院を通過しました。
私は心から嬉しく思っております。何故ならば政治家になる前から、政治家になったらすぐに取り掛かりたい問題が2つありました。一点は臓器移植法、もう一点は選択的夫婦別姓制度です。
与党はこの2つの問題は大変重要であり、前者は命に関わり、後者はその人間の生き方を変える問題でありながら、利権に関わらないためか、たな晒しにされてきました。
当選して数年後、臓器移植法案が出された時、厚生労働委員会で私は何度も質問いたしました。私は基本的に選択肢の多い社会の方が、成熟した社会だと信じています。
A案の、脳死は人の死であるからといって、また全ての人たちが提供できるからといって、死んですぐに臓器を移植しなければならないということはないのです。当然の如くに拒否する権利があるのです。
私は娘たちとこの件について話し合い、娘は、たとえ脳死となっても体に温もりのある間は、現時点においては内臓移植はしないでくれ、温もりがなくなってから角膜等を提供するのは構わない、とのことでした。ただその場合、遺体と対面できないのは哀しいけれど、それは大丈夫なのか、という質問がありました。家族においても、年代、環境によって考えも変ってくると思います。このように重要な問題に対して家族が話し合うことは必要なのではないかと思います。
愛する家族たちが愛する身内を失った哀しみの中にあっても、肉体の一部が今を生きている人間に移植され、その人の命が永らえることができるなら、それをよしとしたいという人がいるならば、法律でそれを縛る権限はないはずです。幼い子どもを失った遺族が、その子の肉体を提供することによって健やかに生きる命があるならば、それを提供したいと望むなら、それを阻む法律をつくる必要がどこにあるのでしょうか。但しそれはあくまでも、本人や家族の意思を尊重してのことです。私たちはこの世に生を預かる人間として、はっきりと拒否する権利も持っているのです。
WHOはインフルエンザ対策に全力投球し、この問題は来年に持ち越されましたが、海外からの子どもの移植を禁止するよう踏み出そうとしています。国内においても提供者が足りないところに、法律で禁じられているからといって日本から来るのは身勝手過ぎるのではないか、出来うるならば、自国の問題は自国で解決してほしいと思うのは当然のことだと思います。
今まで日本においては子どもの移植は許されず、何億もかけて渡航して移植してきました。お金も集められず、渡航するだけの期間が待てずに亡くなった子どももいます。そういった人たちに道を拓けたことを私は嬉しく思います。ただ不慮の事故によって子どもを失い、茫然自失している親に、臓器の移植を
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