図書館僕は大阪市立中央図書館にいた。
ちょうど休暇だったこともあって、久しぶりに大阪に出てきたのだが、不意に思い立ったように大阪市立中央図書館に足が向いたのだ。
『いままでのところ、あなたはなまくらな人です。世の9割の人は、そういう人ですが。』といいきった先生のことが気になっていた。先生の名は車谷長吉という。48歳になり49歳の女とワケありで結婚した人である。この先生の書いた本が読みたい、大阪市立中央図書館に足が向いた理由があるとするならただそれだけである。
館内は思いのほか静かだった。最近の図書館は就職難民や行き場を失った高齢者達の避難所みたいなところがあると聞いていたから、図書館にはない騒々しい殺気だった気配があるのではないかと思っていたが、この静寂で秩序あるたたずまいに僕の期待は裏切られた。それでも館内にいる大抵の人はそれらしき人だった。
丸い机を陣取り新聞を開いている老人がいる。
本棚の横にある椅子に座り週刊誌を読みふける青年がいる。
テーブルに顔を伏せ、眠りこけている日雇い労務者風の男がいる。
そのどれもが大阪市立中央図書館には相応しくない人種であるように思われた。馬鹿にしているのではない。どう見てもそう思われるのだ。
「金輪際相応しくない」
僕は一人つぶやき、目的もなく館内を歩いた。
金輪際。そうなのだ、目的があるとするならこの金輪際なのだ。
車谷先生の書かれた「金輪際」を探しにここまでやってきたのだ。
わりと広い通路になっている本棚と本棚の間を歩いていると、そのところどころにパソコンのような端末がある。その端末が置かれている奥にはパーテーションされたいくつものブースのようなものがあり、そこではやはり仕事にあぶれたような若者や青年がDVDを視聴していたりする。至れり尽くせり。車谷先生がごらんになったらどういうのか。やはり世の9割の人はなまくらであるというのだろうか。
僕は空いてる端末の前に立った。
端末はこの図書館の蔵書の検索ができるようになっ
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