木にまつわる物語(その2)

太陽が持つ恵み、その恩恵を最大限に受ける山や森と言った自然。自然は単に恩恵だけではなく災害をももたらす人間にとっても手強い存在。それだけに自己の身を守るため自然に接する態度も必然的にこれに神の存在を結びつけて考えざるを得なかったようにも思われる。

「日本は国全体が山で覆われた山国。平地は川の氾濫などによって安全では無い故日本で暮らす以上人々は先ず山で暮らさなければならなかった。山の周辺に暮らす人々は狩りをするにしろ焼き畑をするにしろ、或いは木地師のように樹木そのものを相手にするにしろ、絶えずその地域の中心になる山を意識せざるを得なかった。ミタケやモリの信仰、つまりは山の神の信仰はそういうきわめて切実な生活的実感の中から生まれたものであり、日本へ仏教などが入ってくるはるか以前から日本人の心の中に育まれたものである。ミタケやモリに対する信仰からそこにある一本一本の樹木に対する信仰へ。その移り変わりの裏には、人々の生活がより細かく山へ浸透してゆく歴史の推移が感じられる」
(姫田忠義 樹木風土記 未来社)

富士山の樹海、屋久島の原始林にはいまだ入ったことはないが森の中に入ると不思議に心が安まる、癒される。これは森の樹木が放つ「フィトンチッド」という香りが主因と言われる。

「森林の香りの正体は『フィトンチッド』。森林の植物、主に樹木が自分で作りだして発散する揮発性物質で、その主な成分はテルペン類と呼ばれる有機化合物です。この揮散している状態のテルペン類を人間が浴びることを森林浴と言うわけです。
「フィトンチッド」はからだをリフレッシュさせるだけではありません。抗菌、防虫、消臭などのさまざまな働きがあり、フィトンチッドを上手に利用することによって、わたし
たちの生活を健康的で豊かなものにしてくれます。 たかが木の香りとはあなどれません。森林や木には、神秘的で不思議な力が隠されているからです。それは『森林の精気』と言い換えてもよいでしょう。」以上(http://www.phyton-cide.org/info.what.html#神秘的で不思議な力)より引用 。

森林の精気は森に精霊が宿るという考えと同義かも知れない。フィンランドの人々が松の木に宿る精霊に樹皮を剥いで家族の生死の年月日を彫り込むのはまさに家族の安全と死後の幸せを祈ってする神聖な儀式の様なものであろう。

Jun 6, 2008




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