木にまつわる物語(その1)

それは 非常に悲しい出来事だった。私の住む埼玉県郊外のJR駅舎の立て替えに伴って周辺の木々が伐採されていた時の光景だ。母親に抱かれた2ー3歳ぐらいの女の子がケヤキの大木がクレーン車で引き倒されているのを見て大声で泣き叫んでいた。今まで通勤客の心を慰めてくれていた大木が駅舎の改築のためとはいえかくも無惨に切り倒されるとは。心傷むこの瞬間を幼い女の子はどのような気持ちで眺めたのであろうか。恐らく母親からも言われたに違いないが幼い心を痛めたあのむごたらしい木の殺戮行為に幼子は屹度動転して泣き声を上げたに違いない。

誰もが「木にまつわる色んな思い出」を持っていると思う。小学校舎の側のケヤキの木、運動場の大きな樫の木、旅行途中に見たあの大きな菩提樹の木。木に耳を当てれば地下から水を吸い上げる呼吸が聞こえるに違いない。木陰で色んな思い出を作ったに違いない。まさしく木は我々人間と同じく生きている。長い年月を生きて我々を見守ってくれているに違いない。生きているが故に昔から人間と木々にまつわる色んな物語が子々孫々に伝えられて来たのだろう。

フェリス女学院理事長の小塩さんは「異国の古都にいても私の瞼に浮かぶのは、信州戸隠山から西のほうに広がるすばらしい樹海だ。日本アルプスを歩きなれる前の私は、少年の日々に戸隠のお山の1904メートルの頂から、何度あの樹海を見おろして、胸をふくらませたことだろう。遠く沈みゆく夕日を追って、鳥のように飛んでいきたいと思ったものだ。いまもあの樹海の木々は、すこやかでいるのだろうか」と書いている。(小塩 節 木々を渡る風、新潮社)

一方フィンランドでは農耕に従事する人は自分の森の中に好きな木を見つけておいて悩み事があったり、嬉しいことが或る度にその木に触れ或いは抱いて話しかける習慣があるらしい。又生命力の強い松の木は森の木々の中でも特に聖なる木として扱われ家族は自分の木を持ち樹皮の一部をはぎ取ってそこに生死の年月日を彫り込んで残すとか。(NHK 里山紀行 フィンランドの森)

このように樹木、森林には単に木が生きていると言うだけでなくそこに聖なる神が宿る、いわば精霊が宿るという信仰がある。作家 夢枕 貘の西行物語「宿神」に描かれたのもこのような精霊の一つだったのだろう。駅舎の木の伐採を見て泣いた幼子の目には 尊い命が抹殺される、神を冒涜する行為に映ったに違いない。

May 17, 2008




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