東京に「みそさざい」ー久保田万太郎「東京に出なくていい日みそさざい 万太郎」
万太郎が句会でこの句を出したとき「先生、みそさざいがいましたか?」と質問されて「見なけりゃ作ってはいけませんか」と答えた話しが成瀬桜桃子の本に出ていた。
内田百聞が表現と言うことについて面白い文章を書いている。「一本の樹を眺めて、それを作文に綴る。観察の仕方は人によって違うから表現方法も当然違ってくる。書き表したものには(そういう風に自分は見たのだ、そういう風にしか自分は考えなかったのだ)と言うその人の考え方、見方が表現されている。本人が表現の為に何かを利用したとしてもそれはそれで真実である。美しい景色を眺めたと云うだけでは、それは自分と相手の認識としては真実とは言われない。それを表現し得て初めて真実を人々に認識させることが出来ると自分は考えている」(百聞随筆)
俳句を作る場合に陥りやすいのは独りよがりの穴。自分がいくら美しいと叫んでも力量不足で相手に伝わらなければ通じない。あの景色が素晴らしかったと強調しても表現されたものが相手に伝わらなければそれは表現の仕方に欠陥があったと言うこと。
葭切の声やしばらく母訪はず 愛媛県 長谷部絹代
7月14日のNHK俳句王国で8人中7人、つまり全員が点を入れた句だ。平明な表現の中に葭切の鳴く声、風景、母への思いがぱーっと読者の胸の中に広がった・・葭切が実際にいようがいまいがその胸中に広がったものが全員の賛同を得たに違いない。表現の妙とは将にこの事だ。
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