「土を眺めて」ー窪田空穂

俳句の勉強を始めた頃水原秋桜子が窪田空穂の短歌に大いなる刺激を受けたことを知り(倉橋羊村)この歌人について詩集や随筆を読みあさった事がある。

大正七年に発表された「土を眺めて」は愛妻が出産時のトラブルで三十歳の若さで急死、茫然自失の状態から漸く立ち直りつつあるときに書かれたもの。その悲痛な叫びには人の心を強く打つものがあり、また散文ではなく長歌形式であるが故にそのもの悲しい調べが余計に読む人の心を揺さぶる。以下若干長くなるが引用してみよう。

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子等との別れ

四月四日夕べに死にし、その朝の妻が姿は、目のあたり見つつある如、眼間(まなかい)に打ち懸かり見ゆ、生くらむと家族(うから)は思へ、死ぬべしと正(まさ)しに知りて、言はむ事今はあらずと、思ひたる妻にはあれど、生みの子の愛(かな)し二人子、いはけなき女男(めを)の童(わらべ)に、事分きて別れはせむと、枕辺に座らしめたり、ー中略ー其の手をば貸しねと頼み、眼に笑みて媚びて見すれど、いや更に怖(お)ずるや童、今はしも泣かむとす、術なしや伸ぶる母が手、労れて来打顫ふなり。然(さ)は母が顔怖からし、然ならむと侘しみいひつ、はずかしみ面隠すと、其枕かへして子等に背きつるかも。

別れをば云へと教ふれいとけなき子等は怪しみ云はむとせなく

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二人の子を残して行く悲しさ。子等を枕元に呼んで母の思い、別れを伝えようとするのだが余りに小さい娘は怖がって近寄ろうとはしない、手を伸ばすにも母は疲れてしまってどうにもならず。悲しくなって子等に背を向けた時母は恐らく心の中で泣いていたに違いない・・その情景を短い言葉で歌に詠む父の心はもっと切なかったに違いない。文語調であるが故に哀愁が籠もっていて私はこの長歌を何度読み返したか判らない。「対象喪失」という言葉があるが愛する人を失う淋しさ悲しさは文字通り筆舌に尽くせぬものがあろう。
空穂がこのような哀しみを乗り越えて詩集を出したのは大正7年41歳、働き盛りの真っ直中、暫くは何も手に付かなかったに違いないがそれを克服してこのような詩集を出版するその克己力には頭が下がる。90歳で天寿を全うするまで立派な作品を作り続けたその気力に畏敬あるのみだ。

Sep 1, 2007




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