スレ違いを承知で北斗星の食堂車って、そもそもスレッドじゃないしwww
ブログのコンセプトと違うのを承知で北斗星の話。
つうか、北斗星に乗っています。当然ながらロイヤル。開放B寝台しかも上段の筈を、粘ってやっとゲットしたロイヤル。
古いとはいえロイヤル、オロネ25とは違うんだよロイヤル、比較するならナロネ20を持ってきなさいロイヤル、の話はさておいて、食堂車のお話。
人生において食堂車とは必ずしも近しい存在ではありませんでした。
私にとっての食堂車とは、0系の食堂車、カレー。やっぱりこれが原体験です。富士山窓が空いていたかどうかはわかりませんが、ちょっとモダンな雰囲気の中でカレーを食べさせられたのを覚えています。
大人になってからは100系の食堂車。自由席が空いていなくても、食堂車にずっといればいいと、100系なら混雑を考えずに乗って食事からコーヒー、ケーキまでフルコースを満喫していたあの頃。おそらく、一番たくさん乗ったのが100系の食堂車です。最後まで、鉄道ジャーナルの100系初登場時の列車追跡を読んで「これに乗りたい」という気持ちを大事にしながら。
しかしながら、在来線の食堂車には実はとんと縁がありません。
そもそも、私が住んでいた神戸には食堂車のついている昼行特急は走っていませんでした。はまかぜは食堂車がなく、まつかぜは播但線を通らない。食堂車がついていて、三ノ宮駅にとまる特急ははやぶさだけです。忘れもしない0時36分。
というわけで、大阪駅で雷鳥を数限りなく眺め(たくさん走ってましたからねぇ)、サシ481やサシ581とはおなじみでも、在来線食堂車とは縁がない生活をしておりました。
最初に縁があったのは。。。。よく覚えていません。確かはやぶさか富士。中学生になって、初めて乗った寝台特急だったように思います。
すでに記憶には希薄ですが、中学2年だか3年だったか、九州ワイド周遊券で九州をくまなく回り、毎日日南かかいもんで寝ていて、食べるものは駅そばかキオスクのパンという生活を経て、帰りに乗った寝台特急(たしか富士)の食堂車で食べたご飯の味(焼肉定食だったような、一番安かった)は、未だに忘れられません。というか、それまで「米」という食べ物に執着のなかった自分が、「米」の旨さというものに開眼したのが、この富士の食堂車での体験でした。
ということで、私の在来線食堂車体験はオシ24かオシ14だったわけで、基本的に夜行だったわけですが、唯一の例外がキシ80。確かおおとりだったと思います。内浦湾を眺めながら、ソーセージか何かをいただきました。82系が全廃になる直前。函館山線にはまだ旧客が残っていて
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