古河総合公園の古代蓮17月3日に茨城県古河市の古河総合公園の蓮の花を撮りに行ってきました。古河総合公園は春には花桃の花で有名ですが、夏には紫陽花と蓮の花が綺麗です。ここの蓮は古代蓮の大賀蓮です。
古河は室町時代後期から戦国期に古河公方の住んでいたところです。古河公方は関東足利氏として鎌倉に本拠があり鎌倉公方と呼ばれていました。第5代鎌倉公方の足利成氏が室町幕府と争い鎌倉から逃れて古河に本拠を移して後に古河公方と呼ばれほぼ130年間の間古河城を本拠としました。ここ古河総合公園の地は古河公方の館のあったところで古河城は少し離れたところにありました。室町幕府は貞和5年(1349年)関東の統治に鎌倉に鎌倉府を置き将軍家から鎌倉公方を送りこみ、下に補佐役として関東管領および各国の守護・奉行・奉公衆を置き分国統治をさせました。当初は関東の10カ国でしたが後に東北地方の2カ国も加えられ12カ国の統治を任されました。後に5代足利成氏の代になり関東諸国を巻き込んだ大乱となり二つに分裂してしまい足利成氏は下総国古河に逃れてきました。その後、紆余曲折の後に小豪族となってしまいましたが、豊臣秀吉により小弓公方の子供の足利国朝を古河城の氏姫と娶わせて下野国喜連川に所領を与えられて明治維新まで残りました。石高は5千石でしたが10万石の格式で参勤交代を免除され大名とされました。1万石以下で大名は喜連川藩主だけでした。呼び名に御所を許されていました。
カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-54mm&50-200mm&50mmマクロ&x2テレコン&ペンタックス28mmソフトF2.8です。
万葉集から長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の歌。
蓮葉(はちすば)は
かくこそあるもの
意吉麻呂が
家にあるものは
芋(うも)の葉にあらし
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