宇都宮中央公園11月30日の宇都宮市の宇都宮中央公園です。この日は風が途中から強くなりました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&トキナー80-200mmF2.8です。
宇都宮城の城主だった宇都宮景綱の家集「沙弥蓮愉集」から。
秋の色も
まだふかからぬ
もみぢ葉の
うすくれなゐに
ふる時雨かな
(意)秋めいた色もまだ深くない紅葉の薄紅色のモミジ。そこに降り注いで色を添えようと時雨が降る。
詞書に「宇都宮社の九月九日まつりの時よみ侍る」とあります。宇都宮社とは宇都宮二荒山(ふたあらやま)神社で、下野国一宮です。現在も菊の季節に「菊水祭」と呼ばれる祭が行われ、神輿行列や流鏑馬が奉納されるそうです。宇都宮景綱は宇都宮氏の7代当主でした。宇都宮歌壇の中心で鎌倉幕府の有力御家人の一人でした。鎌倉幕府六代将軍宗尊親王の側近の一人でした。宇都宮氏は代々下野国国司を務めていました。宇都宮氏には紀清両党と呼ばれる武士集団が影のようにつき従っていました。紀とは紀氏の血筋の益子氏、清は清原氏の血筋の芳賀氏で宇都宮氏を支える勇猛な武士集団として太平記などにも出てきます。楠正成も避けて通ったと言われたほどの武士集団です。なお、日光にも二荒山(ふたらさん)神社がありますが祭神が異なり別の神社とも言われています。日光の二荒山神社の祭神は出雲系の神様です。一方、宇都宮の二荒山神社は毛野国(後に上野国と下野国に分けられました)の開祖とも言われている豊城入彦命を祭っています。しかし日光も宇都宮も両方とも国造家であった下毛野氏が神主家でした。宇都宮は当初は下毛野氏が神主でしたが、藤原北家から出た宇都宮氏が土着して下毛野氏と婚姻関係により神主となった
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