浄心行・実相(あるがまま)と仮相(うそのすがた)生長の家兵庫県教化部(神戸市)では昨日から神性開発練成会が開かれています。昨日は恨み心を紙に書いて聖経『甘露の法雨』の読誦の中に焼却し心をきよめる浄心行を行ないました。先日学んだ壮年勉強会では、『生命の實相』第14巻を読みましたが、93頁には次のようにあります。
●今あらわれているところがどうであろうともーそれがたとい醜き相のものであろうとも、それは彼の実相(あるがまま)ではなくして、われらの念の放射によって賦彩されたる仮相(うそのすがた)であるのです。富士山上の白雪は千古汚れぬ真白さをもっているのが実相の姿です。それが夕映を受けてあるいは紫色に変わり、あるいは暗紫色に変わりするのはそれは実相ではなく、光線の反照によって賦彩されてただそう見えるだけの仮相(かりのすがた)であります。
●さらに同書103頁には、30年間消えなかった深く烈しい恨みの心が、容易に消えてしまった実例が載っています。:それは今までその「恨み心」が消えなかったのは「恨み心」を本来アルとして取り扱ってこられたからであります。ところが「生長の家」の聖典を読むと「恨む心」は本来無い、ただ本来恨まない神の心のみが実在であって、それのみが本来の自分であると知らされたからであります。………
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