自由 Freedom Libertyどちらも日本語では自由であるけど、FreedomとLibertyはもともと違う概念。福澤諭吉がLibertyを訳す際に仏教用語の「自由」を当てたのが、この日本語の「自由」の由来だそうで、はじめ福澤は「御免」と訳したけれども、それではLibertyが持つ上意のニュアンスが強すぎたと感じて「自由」としたそうです。
仏教用語の「自由」は、「自(おのずから)に由る」の意で、自らを拠り所にしてことを行うということで、なんらかの影響も受けない心を言っているらしい。当然そこには煩悩からも影響を受けないということも含むのでしょうね。仏教ですから。
大乗仏教の基本教典であり、600余巻にも及ぶ「大般若波羅蜜多経」を、たった300余字で表現したと言われる「般若心経」は、「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時」から始まります。現代語に訳すと「自在にものごとを見ることができる菩薩が般若波羅蜜多を深く行じた時」という意味になります。般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)というのは、サンスクリット語の呪文の音を漢字にしたものです。確か、パーニャパラミッタだったと思います。
日常よく使う「自由自在」というのは、「自(おのずから)に由る」ものが「自(おのずから)に在る」様子を表現する言葉です。「自由」も「自在」も本来はその人の意識の状態を言っていて、今私たちが考える自由自在の意味は、そういう状態の人が「自由自在」にふるまう様子から来た、二次的な意味なのでしょうね。(ということは、現代訳も、「自に在る状態に見える菩薩が般若波羅蜜多を深く行じた時」にすべきかもしれません。)
Freedomは天賦の自由で、Libertyは獲得する自由。自由の女神は、Statue of Libertyで、自由の鐘は、Liberty Bell。ついでに、自由民主党はLiberal Democratic Party。で、調べてみると、日本にかつてあった自由党はLiberal Partyで、多くの国の自由党もLiberty Partyですが、オーストリア自由党はFreiheitliche Partei Österreichs、つまりFreedom Party。この政党は極右政党だそうですが、極左政党でもFreedom Partyはあるので、必ずしも右派的なニュアンスはこの言葉にはなさそうです。
一般的に、Freedomが消極的自由、Libertyが積極的自由だと説明されていますが、Libertyという概念の中にも、段階論として、消極的自由と積極的自由があり、必ずしも、その解釈はあたらないと思います。それに、逆転した考え方ですが、英語には、FreedomとLibertyに共通する概念にあたる、日本語で言う「自由」という言葉がないですが、そ
(1/3) 次»
コメント(2)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
このブログを友達に教える