「いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色の奴でも雇うぜ」 by Miles Davis

 ビル・エバンスというピアニストの生涯を振り返ると、マイルス・デイビスというトランペッターは非常に重要な人物として登場します。エバンスとマイルスが出会わなければ、ジャズにモードというムーブメントは起きなかったかもしれません。エバンスは、マイルスからモードを吸収し、マイルスはエバンスからモードの発展の契機をもらいました。

 1959年、マイルスは若き白人ピアニスト、ビル・エバンスを起用し、名盤「カインド・オブ・ブルー」を発表します。その音楽性の高さは、またいつか論じてみたいですが、ここで触れるのは違う話題です。当時、ジャズは黒人の魂だと思われていました。とりわけ、アフリカ系アメリカ人にとっては、その気持ちは強かったのです。それは、今もそうですね。当然、若き白人ピアニストであるビル・エバンスを起用したマイルスには、激しい批判が浴びせられます。どうして、黒人の魂であるジャズに白人を起用するのか。マイルスよ、おまえは白人なのか。俺たちは、おまえを誇りに思っていたのに失望したぜ。そのとき、マイルスは毅然と言ったのです。

 「いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色の奴でも雇うぜ」

 私は、この言葉が大好きです。もちろん、差別される側が差別するという複雑な状況におけるマイルスの毅然とした態度に対する敬意もありますが、もうひとつ、私はこの言葉からすぐれた音楽をつくるという「目的」に対する純粋な態度を読み取るのです。

 私たちは、知らないうちにある行為に対して、その行為の目的以外の目的を持ってしまうことがあります。私にとって身近な例をあげると、いい広告をつくるという目的が、いつのまにか制作者にとっていい広告「作品」をつくるという目的に変わってしまったり。かわいい些細な例では、いい仕事をする目的のために打ち合わせたり話し合ったりすることが、打ち合わせたり話し合ったりすることを楽しむことが目的になってしまっていたり。

 不愉快な状況に対する違和感は、それを分析してみると、結構、「あっ、こいつ目的が違うな」ということから起因することが多く、私自身の失敗や醜い行為の原因を探ってみると、そうかあのとき私は目的を違うのもにしていた、と気付くことが多いのです。虚栄心だったり、顕示欲だったり、取り繕いだったり。

 マイルスは、すぐれた音楽をつくるという目的を、黒人の地位向上という目的に摩り替えませんでした。そして、彼は、音楽家であるひとりの人間として黒人の地位向上に貢献したのです。エバンスがグラミー賞を獲ったとき、マイルスは怒りくるって会場を後にしたという噂話をジャーナリスト達は書き綴りました。黒人と白人という文脈で面白おかしく。そのとき、エバンスは、そのことについて尋ねたインタビュアーに対し

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ビル・エバンス
2007/11/09




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