「場、表現、インタラクション」このタイトル、なんか格好いいですね。柄谷行人さんみたい。書くことは生きることだ、なんてね。まあ、そんな元現代思想キッズのミーハーな話はおいといて、本題に。
前々回のエントリで、ウェブ広告についていろいろ思いつくことを書きました。未整理な部分も多く、なんとなく悪い意味で文学な感じのあいまいな文章になったなあと思います。それと、あのエントリはそのちょっと前に、とあるウェブサービス会社の方と話していた続きみたいなこともありました。あらためて読むと、基本は、その当事者以外には意味不明な部分もあったりして、その不明瞭な部分についてコメントというかご質問をいただきました。で、このエントリは、そのコメントのやりとりの中で考えたことをもう一度まとめなおして書いています。
詳しくは、『「たかがブログ」と書かれたコインの裏側には、「されどブログ」という言葉が書いてありました。』というエントリをお読みくださいませ。まあ、読まなくても分かるように書こうと思っておりますが。
まずはウェブ広告に関する話をします。私のいるマスコミ系の広告会社がウェブ広告に関わりだしたのは、ここ最近です。ちょっと前までは、ウェブ広告ははっきり言えば軽視されていたのですね。で、広告費でネットがラジオを抜いた頃から、これではいかんと各社ネットに力を入れはじめました。その時に出来た部署の名前が「インタラクティブ局」だったりするんです。これまでのテレビやラジオ、新聞、雑誌などとネットの違いは、やはり双方向性、つまりインタラクションなんですね。
それは、簡単な違いです。テレビも新聞も、見ている人が参加できません。でも、ネットはクリックすると絵が動くとか、音が出るとか、リンク先に行けるとか、参加できるテクノロジーが内包されているんですね。なので、各社、インタラクティブな広告を競って開発していきました。カンヌ広告賞にインタラクティブ部門ができたりしましたし、話題のネット広告がたくさん出てきました。
けれども、その多くが自社サーバに置かれたスペシャルサイトだったんですね。で、そこにアクセスをするためにテレビCMや新聞広告、ウェブのバナー広告を使っていたんですね。簡単に言えば、広告を見せるために広告をするみたいなこと。これって、広告表現としては、新しい手法を使ってはいるけれども、あのエントリの見えにくかった主題であるウェブ広告全般の本質的な話にはなりにくいのではないかな、と。
でも、これはスペシャルサイト的な広告の否定とか、地味な広告の支持とかの話ではなくて
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